あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
思わず溜め息をつきそうになった時、森が「はぁっ」と盛大な溜め息をついた。

「ほんまにもう……静さんったらぁ相変わらずなんですからぁ」

よもや森ちゃんに溜め息をつかれるようになるとは……(世も末すぎる)

「なんもないわけないやないですかぁ」

へっ?

「明日は女の子の一大イベントなんですよぉぉぉ?」

一大イベント?

「そうですっ!決戦の金曜日なんですぅぅっ!」

森がそう言った途端、頭の中にとある(・・・)曲が流れ始める。アップテンポの女性ボーカル曲。好きな人に告白する女の子の歌だよね?

「ってことは、森ちゃんは明日地下鉄に乗って告白しにいくの?」

「それもまったくの間違いではないですがぁ……でも残念ハズレ!」

おっと、またハズレた。なんなんだよ、森。地味に嫌がらせなの?

「明日はバレンタインですよ!」

「―――ああっ!」

ポンと手を打ったわたしに、森がまた大きな溜め息をつく。

「静さんはぁ明日はお休みしはるからぁ、今日中に渡しとこ(おも)おて。いつもお世話になってますぅチョコですぅ」

「なるほど。ありがとう」

『いつもお世話になっています』かぁ。先輩に感謝チョコをくれるなんて可愛いところあるじゃない、森ちゃん。

「そっちは自分チョコ?」

森が手に残っている方の紙袋を見ながら訊ねると、森は「ちゃいますよぉ。のん(・・)用のはぁお家にありますぅ」と言う。

「これは……非常用ですぅ。いつなんどきぃどんな出会いが来るか分かりませんからねぇ?チャンスを逃さんよう持ち歩いとるんですぅ」

「そ、そうなんだ……」

バレンタインにかける情熱がすごすぎるよ、森ちゃん……。ある意味尊敬する。

「でもやっぱりこういうのはぁ、イベント当日が一番やないですかぁ?だから明日一日頑張りますぅ!」

その頑張りを少しは仕事に発揮しておくれ…森ちゃんよ……。

「静さんはぁ……」

「ん?」

森は続きを口にせず、ただわたしをじっと見つめた。黒めがちな丸い瞳に、なにか意味ありげな光が宿っている気がする。

「森ちゃん?」

「じゃあのん(・・)はぁこれでぇ~。お先ですぅ」

「うん、お疲れ。気を付けて帰るのよ」

「ふぁ~い」
< 270 / 425 >

この作品をシェア

pagetop