あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
相変わらず緊張感のない返事に苦笑い。
軽やかな足取りで帰っていく彼女の手には、ピンクのバッグとライトブルーの紙袋が楽しげに揺れている。

(さすが意識高い系女子が持つと、紙袋まで高級に見えるわね。お喋りスズメだ、ゲテモノがうじゃうじゃだ、なんて思ってごめんね……)

そんな反省をしながら、「今度こそは」とパソコンに向き直った。


順調にキーボードをカタカタと鳴らし、集めたデータをひとつのファイルにまとめる。
小さな仕事をひと段落させて、「うーん」と伸びをした時、デスクの上の赤い紙袋が目に入った。

(そっかぁ、明日はバレンタインかぁ……。最近は自分へのご褒美チョコの割合が年々増えているらしいし、来年はうちの売店でもそういう企画があってもいいかもしれないわね。ま、わたしは甘いものが好きじゃないからバレンタインなんて関係な―――)

「──くないっ!」

うっかり声に出して叫んでしまった。慌てて口を手で塞ぐ。
良かった……今は事務所(ここ)にわたしひとりだけだった。

「バレンタイン……関係あるじゃないっ…!」

出来たばかりの恋人が甘いものが大好きだというのに、わたしはどうしてそのことを忘れていたんだろう。

多分この三年間、恋愛がらみのイベントを極力頭に入れないようにしていたからかも。じゃないと、斎藤と付き合っていた時のことを思い出してしまって辛かったから。

努力の甲斐あって?元カレと別れて四度目になる今回、わたしの中から“バレンタイン”は見事に商業イベントと化していた。

「やばいっ、こんなことしてる場合じゃないわ!」

労働は尊いが、出来たばかりの年下カレシも尊いのだ。

自分の女子力の枯渇ぶりにバッタリと倒れそうな気持ではあるが、今はそんな場合じゃない。うかうかしてたらあと数時間で二月十四日(バレンタイン)になってしまうじゃない……!

パソコンを秒でシャットダウンしたわたしは、マッハで事務所を後にした。





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