あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
『ほんまやわ……』

『ほんまやわ、じゃないわよ!うっかりゼロを一個多く押したんじゃないの!?』

『………そうかもぉ』

全然悪びれない間延びのした返事に頭がクラリとする。

『まぁ、売ればえぇんちゃいますぅ?』

『ふざけないでっ!!!』

わたしが上げた声に森が目を見開く。声を張って叱ることなんてもう三年以上していなくて、頭の片隅でもう一人の自分が(そんな言い方ダメ)と言うけどわたしの口は止まらない。

『どうして発注する時に確認しなかったの!?ダブル発注にならないよう、発注はお互いにチェックし合うことになっているでしょ!?』

『それは分かってますぅ……でもぉ、』

『でもじゃないわよっ!バレンタインも終わってチョコの動きはほとんど止まってしまう時期なのに、これをどうやって売っていくつもり!?簡単に「売ればいい」なんてこと言うからには、ちゃんとその販売計画を立てられるのよね!』

『………』

うつむいて黙ってしまった森。普段の状態だったらさすがにこのへんでヒートアップした自分を止められるのだけど、この時のわたしは違った。

『新入社員じゃあるまいし…こんな初歩的ミスっ!合コンだのバレンタインだのって、ふわふわ浮かれてるからこんな失敗するのよっ!』

一気に言い放った直後、ハッとした。大きく見開かれた森の瞳が、どんどん潤んでいくのが分かる。

『あ……』

言い過ぎた―――そう思った次の時、足元がぐにゃりと歪んだ。目の前が白くなって頭がぐらりと揺れる感じ。なんとかデスクに手をついて倒れるのは防いだけれど、ガタンと何かがぶつかる音がした。

『おいっ…静川!大丈夫か!』

少し離れたところから晶人さんの声が。

「ちょっと眩暈がしただけ」「すぐに治まります」―――そう言いたいのに声にならない。

そのあとすぐわたしは彼によって医務室に運ばれた。
そこで『軽い貧血だろう』と言われたわたしは、結局そのまま早退に。上司命令だった。


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