あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「僕がいつあなたを振ったって言うんだ」
「え、」
「顔も見たくないのはそっちの方じゃないの?」
頭のすぐそばから聞こえる冷ややかな声。
反射的に「ちがうっ」と口にすると、腕とドアの間にわたしを閉じ込めたまま彼は言った。
「じゃあ顔を上げてこっちを見て。―――静川さん」
胸に、鋭いものでひと突きにされたような痛みが走った。
『吉野』でも『静さん』でもなく、『静川さん』。
その他人行儀な呼び方と冷たい声色が、すでに彼の気持ちがわたしにないことを教えている。
彼の香りには包まれていても、彼の両腕はわたしを優しく包み込んではくれないことも。
唇が戦慄き出すが、それをグッときつく噛んで堪えてから、ゆっくりと顔を上げた。
「っ、」
至近距離にある彼の顔が、苦しげに歪められていた。
形の良い眉はきつく寄せられ、薄い唇は真横に引き結ばれ、二重まぶたに縁取られた垂れ気味の瞳は、薄く細められている。
その表情に釘付けになっていると、榛色の虹彩が不意に陰った。
「謝ってどうしたいの?」
「それはっ、」
「これで心置きなく結城課長のところに行ける?」
「なっ、」
「『ごめんなさい。他に好きな人が出来たから別れてください』?わざわざここまでそう言いに来てくれたんだな……真面目なあなたらしいけど」
「ちがっ……聞いてア、」
「だけど許さない」
有無を言わせぬ強い口調でひと言そう言ったアキは、わたしの両側についた腕を曲げ、鼻先から数センチほどの距離からまっすぐにわたしを見つめ言った。
「他の男には渡さない。僕から気持ちが離れたのなら、もう一度引き寄せるまでだ」
低く唸るようにそう言うと、彼はわたしの背中と腰に両腕を回した。
「吉野」
耳のすぐ横で、掠れた声に呼ばれた瞬間、まるで電流が流れたみたいに全身が一気に戦慄いた。それと同時に息苦しいくらいに強く抱きしめられ、声どころか息を漏らすことすら出来ない。
そして次に聞こえた言葉に、わたしの胸が大きく打ち震えた。
「好きだ、吉野。僕のところに戻って来て」