あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
どうしよう……。やっぱり今さら謝っても遅いってことなのかも。それでも今度こそきちんと最後まで言うべきことは言わないと。

自分の心音が耳の奥でバクバクと鳴り響く。

すべてを言い終えるまで決してやめない。何を言われても絶対泣かない。

だけどもし、彼に嫌悪感を露わにされたら…?
その決意は水の泡になるかもしれない。

わたしはとっさに彼から視線を外し、口を開いた。

「ひどいことを言ってごめんさない。ちゃんと話を聞かずに逃げてごめんなさい。怖かったの、わたし……アキの口から『もう好きじゃない』『別れて欲しい』って言われるのが怖かった。自分から逃げたクセに謝りに来てくれたきみに、更に酷いことを言って傷つけて……わたしのことなんて顔も見たくない口もききたくないと思うのも当然だしフラれても仕方のないことだって分かってる……でも、わたし……わたしは―――」

うつむいた視界の中に彼の脚が入り込んだ。息を呑んだ拍子に喉が「ヒュッ」と鳴る。

近くにアキがいる。それだけで泣き出しそうになるくらい嬉しいのに、同じくらい怖くもあった。

もしかしたらわたしが背にしているドアを開けて、「二度と来るな」と追い出されるのかもしれない。
そう考えると、怖くて顔が上げられない。視界の中の彼の脚がどんどん近づいて、あと一歩でわたしのすぐ目の前、というところで、無意識に体が後ずさった。

「トン」と背中に固い感触。
ハッと息を呑んだ瞬間、目の前が青いものでいっぱいに。

上質な紺色のベストと光沢のあるブルーの無地(ソリッド)ネクタイ。
ふわりと薫る、ヘルシーな色気を纏った爽やかな香り。

同じようなことが以前にもあった。
あれからまだ一か月半しか経っていないはずなのに、もう何年も前のことのような気がしてならない。


息を詰めたわたしの顔の両側───わたしが背にしたドアに、アキは両手で「バンッ」と大きな音を立てた。

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