あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
CMO室からひとつ階上の二十階へ。
当然かもしれないけれど、下の階と同じ広さのフロア。
けれど、圧倒的に違うもの―――それは扉の数。
どうやらこの階には、【TohmaグループホールディングスCEO室】と【トーマビール代表取締役社長室】しかないようだ。
重々しい雰囲気の長い廊下をそぞろ歩く。
一番前は高柳統括、その後ろをアキ。わたしはアキの半歩後ろだ。
これって“アレ”よね……勇者がぞろぞろと仲間を連れて冒険するRPG。
しかも、今まさに“ラスボス”のダンジョンへ乗り込もうとしているところじゃない?
それでいくとやっぱり、アキが“勇者”よね、うん。で、あのどんな仕事も完璧にこなしそうな統括さんは……“賢者”?
だとしたら、わたしは何だろう。“魔法使い”……はちょっと無理だから、う~ん、せいぜい“踊り子”か。
ゲームはほとんどやらなかったからよく分からないけど、とにかくほとんど役に立たないポジションなのは間違いないわ。
そんなことを考え出したら頭の中であの有名なテーマ曲が流れだして……。
ダメ!現実逃避してる場合じゃないでしょ!? どうするの?『息子とは別れてくれ』って言われたら……。
『別れないと職を失うことになるぞ』『これは取っておけ』って手切れ金代わりの小切手なんて渡されたりとか……。
今度は絵に描いたような妄想で頭の中が忙しくなる。
だって、それ以外に何があるって言うんだろう―――大企業のCEOが息子の恋人に会いたいって言う理由が。
なんにせよ、アキはトーマグループの未来を率いるれっきとした後継者なのだもの。そんじょそこらのぼんぼんとはわけが違う、血統書付きの御曹司。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、あっという間にCEO室の扉の前に。
先導していた高柳統括がそこをノックするのと、アキがわたしの手をギュッと握りしめてくれるのは同時だった。
「っ、」
勢いよく隣を仰ぎ見ると、アキが「大丈夫。あなたのことは僕が守るから」と言って頷いた。
握られた手に込められる力強さに、胸がじわっと熱くなり、強張っていた体からふわりと力が抜ける。
そうよ。わたしはどんな時だってわたしらしく。
誰に何を言われても、ありのままの自分でいる。装ったり取り繕ったりしない。
たとえ、それが親会社のトップであろうと、たとえ恋人の父親だろうと―――だ。
アキと自分のことを信じるんだ。
扉の向こう側から「どうぞ」という声が聞こえた時には、あんなに暴れていた心臓は驚くほど静かになっていた。