あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「私は“万が一”の保険ですよ。『確実に連れてくるように』と仰せつかっておりますゆえ」

「それで“合鍵”というわけですか」

「私は『使うことにはならないでしょう』と申し上げましたが、CEOが『念のため』と」

「……パワハラだろ、あのクソ親父め」

最後の方のボソッと呟いた言葉に、目が点になる。
い、今……『クソ親父』とか言いましたよね!?この御曹司…!

珍獣を発見したかの如く目を剥いたわたしの視界に、更に珍しいものが飛び込んで来た。高柳統括の口の端がゆるりと持ち上がったのだ。

鉄仮面が笑った!!

まるで、『本当は歩けるはずなのに、自分が歩けないと思い込んで車いすで生活する少女が初めて立ち上がった』場面に遭遇したのと同じくらいの驚愕と感動だ。

「そう怒るな、オミ。それなり(・・・・・)の時間はあっただろう?」

「………」

青水(あおみ)から『任務完了』の連絡が入ってから、十分な時間は取ったはずだ。ちゃんと話をする分(・・・・・)には、な」

口の端を持ち上げた高柳統括が、意味ありげにそう言った。

それってもしかして……。
わたしたちが話し合い以上のことをすることを見越した上での内線だったってこと…!?

てことは……

密室でわたしたちがいったい“なにを”していたのか分かっているということよね!?

何もかもをすっかり鉄仮面に見透かされているかと思うと、一瞬で全身が発火した。無意識に、ブラウスのボタンの一番上を確かめてしまう。

若の“ご乱心”まで見越しているとは……ぐぬぬ、さすがお付きの人──じゃなかった優秀な部下ですこと…!

「さぁ、もういいでしょう、CMO(・・・)。CEOが首を長くしておいでです」

ゆるめた口元を真横に戻した高柳統括は、そう言ってわたしたちを先導するように歩き出した。

< 359 / 425 >

この作品をシェア

pagetop