あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「はいよっ!生、お待っとさんっ!」
ぼうっとしていたところに、目の前にトンっと音を立ててあるものが置かれた。それは、琥珀色の液体で満たされたジョッキ。真ん中には、【丸に麻の葉】が描かれている。
良く冷えたジョッキには、完璧な比率の琥珀色と白い泡。さすが大将。
森のことなど考えている暇はない。一刻も早くビールを飲まねば!
わたしは急いでおしぼりで手を拭き、ジョッキを勢いよく呷った。
「くっ~~っ、うんまっ!やっぱサイコーっ!」
「おぉ~、相変わらずええ飲みっぷりやな、静ちゃんは」
「えへへ……だってほんとに美味しいんですもん、生トーマラガー」
中身が三分の一ほど減ったジョッキを、カウンタ―の上に戻す。
使い込まれたカウンターは、揚げ物が売りのお店特有の艶々とした光沢があり、くっきりとした杢目が何とも言えない味わいを醸し出している。
「静ちゃんはほんまに好きなんやなぁ、トーマラガーが」
「え、ええ……それはもちろん……」
いつもならすぐに「もちろんっ!」と答えるはずのところなのに、しどろもどろに返してしまったのは、少し前にやらかした案件が頭をよぎったせい。
あれから何度も自分がやったCEOへの盛大な告白を思い返しては、その度に羞恥にのたうち回りそうになった。
いまだにお尻の下がむず痒いような気持ちになるが、ここでは叫ぶことものたうつことも出来ない。なんとか落ち着こうとビールに口をつけた時、大将が言った。
「静ちゃんのトーマ愛は本物やな。こりゃいつか絶対トーマの社長に『ごっつ旨いビールをおおきに』言わなあかんなぁ」
「……ゔぐっ、」
ビールが気管に入った。
「ごほごほっ」と咽込むと、大将が「おいおい、大丈夫かいな……」と心配そうに言う。わたしはそれに手ぶりだけで「大丈夫」と返してから呼吸を整えた。
それ……わたし言いましたわ。Tohmaのトップに“愛”、伝えられました。
―――なんて、口に出せるはずもない。
おしぼりで口元を拭きながら、わたしはうつむき気味で小さくなった。