あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「静さんは狙わへんのですかぁ?」

「は?」

「王子ですよ。当麻王子!」

狙う?―――あれを?

「独身女子はみんな狙ってるんですよぉ、知らんのですかぁ?」

「……興味ないわ」

わたしがひと言そう呟くと、森はなぜだかしたり(・・・)顔で「ふぅぅん」と言った。

「じゃあのん(・・)、本気で行っちゃおうかなぁ」

「え?」

「静さんが狙わへんのやったらぁ、遠慮なく狙わせて頂きますよぉ?」

「……好きにすれば」

森ちゃんはわたしに遠慮する必要なんてないだろうに。

そもそも、わたしには『王子様』なんて必要ない。むしろ要らない。

住む世界が違う相手と付き合ったって、一時(いっとき)くらいは楽しい夢が見られるかもしれないけれど、しょせん夢は夢。醒めた時に虚しいだけ。そんな夢なら見ない方がいい。

わたしはもう、甘い夢を見たりしないんだ。


それ以降黙ったわたしに、森が何か言いたそうにしていたが、休憩時間が終わりを告げるチャイムが鳴り、わたし達は急いで業務に戻った。


***


仕事を定時で終えたわたしは、森に誘われた合コンに行くことも行きつけの居酒屋に寄ることもなく、スーパーで買い物をしてから真っ直ぐ家に帰ってきた。

駐輪場に自転車を止め、エレベーターで三階まで上がる。マンションの通路を自分の部屋の方へ進むと部屋の前に人影が。

「あ、」

「おかえり、静さん」

わたしに向かってそう言ったのは、ざっくりニットにテーパードパンツ、その上にダウンジャケットを羽織ったカジュアルな姿をした“男の子”。
昼間見た時はカッチリと固められていた髪は、今は無造作に下ろされ、長めの前髪が黒縁メガネにかかっている。

「……アキ」

その名を呟いたわたしに、彼はにっこりと微笑んで「お疲れ様」と言った。




【Next►▷Chapter4】
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