あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「わたしには何の予定も無いし誰も来ないわ。それより、予定があるのはきみの方じゃないの?」

「僕?」

キョトン、という空気を背中から感じる。わたしはすぐに「そう」と頷いた。

「『予定がある』んじゃなかったの?」

「ああ……。だから今ここにいるんだけど?」

「なっ……」

絶句した。よもやCMO(かれ)の言っていた『予定』が、『うちに来ること』だなんて。

「で、でも、支社での会議は?」

「定時前に済ませた」

「じゃああの、本社から来られてたなんとか(・・・・)という統括さんとの打ち合わせとか会合とかって、―――ちょっ、ちょっと、」

「彼なら会議の後すぐに新幹線で帰ったよ」

「そう……なの?」

「ああ。視察は昨日、日曜のうちに一緒に回ったし、関西支部との会議も済んだからね」

「そうなんだ……にしても、わざわざ関西まで出張に来てもらったんだから、ちょっとくらい(ねぎら)ってあげて良かったんじゃない?お疲れ様飲み会的な。……きみが上司なんでしょ、一応」

アキが「一応って……」と呆れたように呟く。

だって、本社の統括マネージャーをはるばる関西まで呼びつけておいて、用が済んだら『ほなサイナラ』だなんて、どんだけドS上司なんだと思うでしょうが。

「ナギさんは僕と食事をするよりも、早く帰って恋人にご飯を作りたいらしい」

「は?……ご飯を作りたい?あの統括が?『作って貰いたい』の間違いじゃなくて?」

昼間見た鉄仮面なあの人が、料理をするところが想像できない。

目をパチクリさせているとアキが「ふふっ」笑い、ひとつくくりで(あら)わになったうなじに吐息がかかる。
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