あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「結構美味いんだよ、ナギさんの料理。出汁巻き玉子とか、たこ焼きとか」

「意外……」

「だろ?」

「それはそうと……」

わたしは眉間に力を入れ、斜め後ろを振り仰ぎ睨んだ。

「重いんですけど……ていうか、思いっきり邪魔なんですけど!?」

「邪魔って……ひどいな、静さん」

「そりゃそうでしょっ!」

話の途中から、アキがわたしの背中にくっついてきたのだ。
のしかかり気味で重いし、エプロンの紐と同じようにお腹の前でがっちりと組まれた太い腕も邪魔としか言いようがない。これ、『邪魔』以外に何て言うんだっけ!?

「―――鬱陶しい?」

「余計ひどいな……」

苦いものを噛んだような響きと一緒に吐息が耳をくすぐって、思わず肩を(すく)めた。

「とにかく!離れてくれるー!?」

「えーっ」

すごい不満げな声が返ってきた。今「えーっ」とか言ったよ、この御曹司。

「えー、じゃありません!今から包丁使うし、その後は火も使うから危ないから」

そう説明したのに、彼はわたしのお腹に回した腕を解く気配すらない。
わたしは濡れたままの右手を顔の前に持ち上げ、中指と親指で輪っかを作る。

「アキ―――三回目」

目を据わらせてどすの利いた低い声でひと言そう言うと、やっと腕が解かれた。
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