13番目の恋人
 いつもおっとりしている小百合が、目を三角にして
「俊くん、本当は知ってたんでしょう?」
 と、俺に迫る。それはな、知ってたさ。懸命に頼人を好きだって俺にバレないようにしてる姿はとても健気で、見合いの事も言えずに辞めていく頼人に今にも泣き出しそうな顔をしては何度も気持ちを切り替えようとする。そんな小百合に“大丈夫だ”って言ってやりたかった。1ヶ月ほどの辛抱だと言ってやりたかった。
 
「まあ……」
「やっぱり!」
 
 ああ、怒られる。怒っても可愛い。
 
「私、キャトルカール大好きなのに!」
 
 ……何が?
 
「俊くん、よ……頼……野崎さんがN.のご子息だってご存知だったんでしょ!?」
 
「ああ、うん」
 
 普段は“頼人”って呼んでんのか、そーか、そーか。で、怒ってるのに丁寧な言葉遣いに吹き出す。

「もう! わざと書いたでしょう? “こいつだけは絶対にダメ”って!」
 
 ……全然わざとじゃない。けど、そういうことにしておくか。
 
「はは、お似合いだろ。それに、どのみち好きになってたんじゃないのか?」
 
 真っ赤になって「格好いいんだもん」と言う小百合はいつもより可愛く見えた。
 
 小百合が出ていった後、デスクに個包装のN.のキャトルカールが置かれていた。メモ書きには『絶対に食べたらダメ』
 
 
 おかしくなって、震えた。
「いや、食うだろ……」可愛い仕返しの洋菓子をちょうど良い温度のコーヒーとともに頂いた。
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