13番目の恋人
週明けの出勤は気をしっかりと持っていないと大変だった。
 それは、つい顔が緩んでしまうのを万里子さんに気づかれないようにするため。野崎さんをつい見てしまう自分を戒めるため。
 
野崎さんと恋人になったことを、俊くんに気づかれないようにするため。とにかく、常務室では一番気を張らなければならなかった。

「野崎は、すぐに帰ったのか?」
打ち合わせが終わると、俊くんは書類に目を通しながらそう聞いてきた。
 迂闊にも肩が跳ねてしまったけれど、こっちを見てなくてよかった。

「うん、すぐに」
 私にとっては、《《すぐに》》帰ってしまったのだから嘘ではない。
「そうか、気をつけろよ」
 
俊くんはそれきり、何も言わなかった。気をつけろっていうのは、“好きになるなよ”ということだろうか。会社で会うだけでもそれは厳しかったと思う。ましてや、この前みたいにプライベートで彼を見て、近づいて、知って、好きにならない人なんているのかな。
 
「……あれ? 野崎さん、俊くんの事、『俊彦』って呼んでた」
 そういえば、あの時は気にしなかったけれど、どうしてだろう。
「ああ、あいつとは旧友なんだ、だからここへ来て貰ってる。期間限定だけどな」
「ふうん、俊くんと同い年か」
俊くんがパッと顔を上げたので、これ以上はまずいと
「あ、戻るね、失礼します、常務」
長居は無用だ。急いで部屋を出ることにした。
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