新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
「や…だ…」

 力の抜けた彼女は抵抗も出来ぬまま男に抱きしめられていた。

「…聞かせろ…お前は本当に、なりたいのか…?」

「え…?」

男は娘を抱きしめたまま続けた。

「…ここの主人の…花嫁に、だ…」

「…。」

スッと頭に入ってきた男の言葉に驚いたが、自分の口から出てきた言葉は本心だった。

「…っ…好きに…なった人じゃ…ないのにっ…結婚なんて…したくない……お父さんと、お母さんが…して欲しいって…」

 涙が溢れながらも懸命に答える。

「…行きたくないと、言わなかったのか…?」

「い、言えな…私が選ばれて…ここに来るの、決まって…二人とも喜んで…言えないっ…!!私、ご主人様に…嫌われてる…屋敷の人たちからも…だから…だから…」

 男は、「そうか」、そう言って小さく頷いた。

「…もっと教えろ…。お前のこと、知りたい…」

 娘は濡れた顔を上げた。

「…え」

「…悪かった…お前に危害を加えないと、約束する…俺のことも教えてやる…部屋に戻るぞ…」

(そんなに…悪い人じゃ、やっぱり無いのかも…)

 男はそっと娘を抱きかかえ、部屋に戻った。
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