新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
「…俺は…放浪の庭師だ…しばらくの間、この屋敷に世話に…」

「庭師、さん…」

 男は躊躇いがちに続けた。

「…俺は…金持ちでお高く止まっている人間が…嫌いなんだ…。…令嬢が来るというので、どんな人間かを見てやろうと…」

 どうやらこの男は主人に言われて来たのではなかったらしい。
 夜は屋敷に誰も居ないのをいいことに、本当に彼女の様子を見るだけのつもりで来ていたということ。

「誰も屋敷にいなければ、令嬢が気を害して出て行っても俺のせいとは分からないはずだと…。だが、お前は他の令嬢とは違う…どうであれ、謝らなければならないか…済まなかった…」

 たしかに相当身勝手な男だが、どうやら誤解は解けたらしい。
 男の話に、娘はなぜか徐々に気持ちが落ち着いていくのを感じた。

「…いいえ…。あの…あなたの名前を教えてくれませんか…?」

 男はまた、一瞬躊躇ってから言った。

「俺は…コウ…コウ、だ…」

「…コウさん…私と年齢は近いみたいですね…」

「…そのようだな…」

「…。」

 知りたかった。
 なぜシェフは自分と歳の近いはずの彼を挙げなかったのか。

 しかし彼に聞けるはずもない。いま自分は、何も知らぬ令嬢として、彼と今いるはずなのだから。

「…お前が、気に入った…。また明日の夜に…来ても、良いか…?」

「は、はい…」

 男は少し穏やかな声で「そうか」と言うと、また部屋の隅に向かい、闇に紛れた。

(…コウさん…口は悪いけど、悪い人じゃないんだ…怖くなかった…)

 娘は優しい男の声を思い出し、穏やかな気持ちで眠りについた。
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