新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
 娘は急いで涙を拭き、気を取り直す。

「あ、あの…あなたのお名前、教えてくれませんか…?」

「俺の名…?…コウ、だ…」

「…コウ…さん…」

 恥ずかしそうに娘が呼ぶと、男は「あぁ…」、と呻き、そのまま娘をゆっくりとベッドに押し倒した。

「…!」

「…やめてほしいのなら…今のうちだ…無理矢理にはしない。もっとお前を知りたいと同時に、お前が欲しいんだ…。これ以上お前に嫌われては、俺は…」

「…もう、怖くないです…。でも私…ごめんなさい……。あなたに捧げてしまったら、私はここにいられなくなってしまう…」

男はそっと娘から離れた。

「…そうだな…俺は、お前に嫌われたくはない。…また、明日の夜に来ていいか…?お前が望まない限り、何もしない。話がしたいだけだ…」

「何もしないのなら…はい!」

 娘は微笑んで答える。
 男は少し穏やかに笑い、頭を下げると去っていった。


(なぜだろう…あの方といると、何でも話してしまいそうになる…もっと仲良くなれたら、私の話をわかってくれるかもしれない…。理解してくれる人がいるのは嬉しい…)
「あ…」

娘は、シェフが自分と歳の近いはずの彼を挙げなかったことを思い出した。

 しかし、何も知らぬ令嬢として彼といた自分が聞けるはずはない。

(シェフならすぐ、彼の名前を挙げそうなのに…)
< 28 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop