惡ガキノ蕾 二幕
    ~R1.7.6 (土) 七夕前夜~
 7月6日午後7時。
 織姫と彦星、一年越しのデ―トの前日。
 カウンタ―を占めるのは、真剣な表情で短冊に向かう6人の悪ガキ達。カウンタ―の内側でも、同じ短冊と筆ペンを手に頭を捻るジジイと悪ガキ見習いが各一名。
 一樹が今日の現場で施主さんから貰って来た笹を目にした優が、「みんなで願い事しようよ」と言い出して、「いいっすね」とだんごが乗っかった。それに付き合わされる形で太一と力也、竹を貰って来た一樹はまあ当然としても、意外だったのは、「いいね、やろう!」と、双葉がアゲアゲのノリノリで喰い付いた事。当たり前のようにだんごがきむ爺とあたしに、此方も貰って来た短冊を配って、五センチ×二十センチ程の色紙相手に中卒が八人、頭を悩ませる事と成ったのだった。まるでその短冊に書いた願い事は、必ず叶うと約束されているかのような真剣さでね。
 ──カラ・コロ・カラン
「いらっしゃいませ!」
 やって来たのは、月に二・三度は顔を見せてくれるようになった植松さん御夫婦。何時もと変わらず旦那さんの影の様に寄り添う奥さん。初めて来た時から変わらない柔和な笑顔。何時もと同じ席。「先にビ―ル下さい」と、何時もと変わらない声の調子。
 ビ―ルと突き出し。今日はそれにもう一品。頼まれてもいない短冊を二枚、お絞りと一緒に差し出す。
「あら、まあ」と奥さん。
「一樹が現場で笹を貰って来たんで、良かったら書いて貰えませんか?」
「私達みたいな年寄りの願い事聞いてくれるのかしら?」
 この質問に関しては、はっきりとした答えを持っていないので、頭を下げてカウンタ―に戻る。ふと思ったんだけど、七夕の願い事って何処に?いや誰に向けてする物なんだろ。神様?織姫と彦星?それとも竹だけにかぐや姫かな。誰かご存知ですか?
「出来た!」カウンタ―の端っこから声が揚がって、一番手はだんご。太一の「見せてみろよ」に、強く首を左右に振る。「笹に結ぶまでは駄目っす」何?その決まり?知らなかったのがあたしだけなのか、それ処じゃないのか、誰も口を利かない。今時小学生でも此処まで真剣にならないでしょ。「よし」と力也が顔を上げる。続いて太一、一樹、双葉の順でペンを置いた。どん尻に優。
 何時の間に書きあげたのか、カウンタ―を出て行き、トポスの鉢に差してあった笹に短冊を結ぶきむ爺。それに倣《なら》って皆も思いゝの場所に、色とりどりの願い事を飾り付けていく。と、だんごが一枚の短冊を手にして動きを止めた。
「ぶふぅっ!つうか力也君。"ゴリラ鍋が食いたい"ってどういう事っすか!?」
「うるせえな!コンゴっていう国じゃ食うらしいんだよ!人の願い事にけち付けんな!」その手から短冊をひったくると、だんごの頭を抱え込む力也。
「彼女出来るといいな」
 一樹が不意に呟いた一言で、女三人が目を見開いた。あたしと双葉は意外過ぎる発言の所為で、優に限ってはその呟きの意味をどうにかして自分の都合の良いように解釈する為に。
「あっ!一樹、な…何、人の見てんだよ!
 耳どころか項《うなじ》まで赤く染めた太一が、短冊を奪い取ろうと一樹に躍り掛かる。な―んだ。女三人の吐く息が揃った。
「お前は何て書いたんだよ!」
 言って、一樹が結んだ短冊に太一が顔を近付ける。………。その顔の中心からじんわりと笑みが拡がって行って…そして弾けた。「ブオホッ!ぶわはははははっ何だこれ!ははっ…ゴホッゲホッ…はははははっ!」咳き込みながら、いつしかそれは爆笑へと変わる。
「え―何すか?何すか?」
 脇から太一の手元を覗き込むだんご。反対側から力也も加わる。
「"合体したらロボットになる車が欲しいです"って、何だよこれっ!っぶわはははははっ!」
 憑かれた様に笑い転げる二人、…いや、未だのたうち回る太一も合わせて三人。
「"欲しいです"って誰に向けての敬語だよ!っぶはははっ!」
「合体って!ぶぐっ…っぶははははっ!!ついでにビ―ムとミサイルも付けて貰った方がいいんじゃないっすか!?っぐばはははははつ!!」
 目を細めた一樹が無言で席を立つと、まだ笑い続ける三人の背後に近付いて行った。
「がっ!」「げっ!」「ぐっ!」
 微妙に音程を変えた呻き声を揚げて、その場に崩れ落ちる三人。ロ―キック三発。「もし俺が車買っても、お前らは乗せてやんねえ」と、一樹が吐き棄てた。…何やってんだか。蹲《うずくま》る三人を尻目に、双葉と優が短冊を結び始める。…はっ!気付けば残るはあたしだけだ。え―と…願い事、願い事…。有り過ぎてこんな小っちゃな短冊になんて、とても書き切れない。美味しい物は食べたいし、ゴロゴロしてゲ―ムしながら美味しい物を食べてお金を貰える仕事に就きたいし、行った事の無い場所に旅行でも行って美味しい物を食べたいし…。とてもじゃないけどひとつに纏めるなんて無理!
 ──カラ・コロ・カラン
 いっけね。お仕事、お仕事っと。「いらっしゃいませ―」
「四人なんだけど…」
「座敷の方使って下さい」
 御新規四名様。女一人、男三人のぱっと見同年代と思《おぼ》しき四人連れ。稼ぎ時の土曜日、頭をお仕事モ―ドに切り換える。
 さあ、張り切っていきましょう!
< 13 / 29 >

この作品をシェア

pagetop