パラサイト -Bring-
おそらく探偵になった気分の万由子は、空港に目指すのだろうが、俺はまだ行く気が起こらないままでいた。こんな時に、対等な立場というのは少し不便に感じる。決して楽をしたかったわけではなかったのだが。
「鳴門空港に行くよ。事故の対処で入れないかもしれないけど、話を聞くことくらいならできるんじゃない?」
「本気で行くのか?後戻りはできないぞ」
半端に関わるくらいであれば、そんなことはしない方が良い。後からやっぱりやめたいです、とも言いたくもなかった。身内が事故に関与しているとなれば、なおさら。
「やっぱなし、は無しだぞ?」
「もっちろん!紅馬くんも一緒ね?」
「なんで?」
「そりゃ、私の助手ですから」
「いつからだ?」
「んー、最初からっ」
冗談か本気かは分からない。前者ならいいなと願う反面、もしかして、と思う気持ちもあった。期待というか、なんというか。
だが、考えるべき問題はそこじゃなく、聞き込みをしてどうするというところだった。犯人を突き止めるのか、トリックを暴くのか、復讐でもするのか。どこを及第点とするのか、それだけでも聞いておこうと思った。
「まずは総合案内所に行って、話を聞こう。社会見学ですとか言えばなんとかなるでしょ」
「そこは考えてないのか」
「こーゆーのは柔軟な発想、機転の良さ、それが結果を生むんだよ」
「受け売りか?」
「いま、かんがえた」
まあ、なんとかなりそうだった。




午後六時、暗くなってきた頃にようやく空港まで着いた。さすがに帰ることを何度も勧めたが、途中下車はナシと言って聞かなかった。似たようなことを俺が言ったかららしいが、そこまで厳密に言ったつもりはなかった。
「へえ…空港って、こんな感じなんだ」
本来なら綺麗に整備されて明るい雰囲気なのだろうが、事故のおかげで重い空気が漂っていた。見渡せば警察官が山ほどいたし、すでに書き込みを始めている刑事らしき人もいた。こんな中で、高校生が聞ける話などあるのだろうかと、内心少し怖気付いていた。しかし、こんな状況でも決して曲がらないのが万由子だった。
「よし、行ってみよう!」
「えっ」
「『えっ』じゃないよ。話を聞かなきゃ」
「あ、ああ…」
どんどん進んでいく万由子についていくので精一杯だった。なんで高校生がいるの?と訝しむ人や、一周回って興味がありそうな人も多かった。とにかく、隠れた注目を浴びる見世物になったらしかった。
「すみませ〜ん」
「はい?」
高校生だと分かった途端に、顔をしかめられた。普通の客でないことは分かったらしく、出せるものは無いと言いたそうな表情をしていた。
「『鳴門航空機墜落事故』について、お話を伺いたくて…」
「はー、ったくまた変な輩が来たわ…。今度は高校生のガキンチョか。ここは何だって思われてんだろうね。あのねお二人さん。悪いけどここは遊んでいい所じゃないの。その上話を聞きたいだあ?探偵ごっこはやめて、とっととおうちへ帰んな!」
まるでマシンガンのように放たれた言葉の羅列は、滞ることを知らなかった。よほどうんざりしていたのだろう。連日、警察やマスコミからの連絡は絶えなかっただろうから、当然の話だと思った。それに、来た相手が客でなく事件の話を聞きに来たとなれば、刃の標的になるのも分からなくはなかった。
「そこをなんとか!」
「話を聞きたきゃそこの刑事に話を聞きゃあいいのに。なんでわざわざこっちに来るかね」
「警察は、平気で情報を隠蔽するでしょ?」
それは、警察だけでなくとも、組織なら表に出さない情報はあるとは思うが。
「そりゃそうだろうね、仮にも組織の人間だし。子どもどころか、庶民には教えられない情報なんてゴマンとあるだろうさ」
「でしょ?だから、お姉さんに聞くんですっ」
なかなか食い下がらないその根性は、営業マンに必要そうなものだった。そして、さすがにここまでしつこいとは思わなかったらしい受付の人も、半ばダメ押しするような顔で言った。
「…あのね、人が大勢亡くなったんだ。見ず知らずのガキンチョに教えてやれるほど、軽い問題じゃないんだよ」
その言葉を聞いた時、万由子はチャンスだと思ったのではないだろうか。万由子の雰囲気が少し明るくなったように思えたのは、俺の勘だ。
「私のおばさん、事件の飛行機に乗っていたんです。おばさんはとても優しくて、小さい頃からずっと大好きでした。でも、おばさんが亡くなったと通知を受けて…居ても立っても居られなくて」
さすがに身内が関わるとなると話が違ってきたらしく、さっきまでより柔らかい表情になった。
「なるほどね、それで事件の概要を知りたいと」
「はいっ…」
「教えてもいいけど、もう一つ答えな。そこのあんたは何しに来たんだ?」
指さされたのは俺だった。
「ただ着いてきたってだけじゃ、あんたは席を外してもらうよ」
言い分は特に考えていなかった。いや、考える必要は無いと思っていた。
「紅馬くん…」
これを思っていたのが俺だけなら、俺は自惚れがすぎた男になっていた。
「俺は、万由子の親友だ」
「親友?」
「俺はつい数時間前、親友が困った顔をしていたから話を聞いた。内容はさっきの通りだ。だから来た」
「ノコノコ着いてきたってワケ?」
「ボディーガードとでも思ってくれ。こんな時間に女の子が一人で出歩いていたら心配だろ?」
「それで?事件の話を聞かなきゃいけないのかい?」
「親友が…万由子が助けを求めている。亡くなったおばさんのために大きく動こうとしている。俺はそれを手助けするために、内情を知る必要がある」
かなり曖昧だと言えばそうなる。だが、俺はこの程度しか思いつかなかった。それに、この人なら分かってくれるのではないかという期待もあった。大人なら、こんな理由で動くのは許されないだろうが。
「…おばさんのため、ね。はいはい分かった。青春の眩しい光には負けたよ」
「じゃあっ…」
「下っ端の私が知ってることでいいなら、教えるよ。ついでに、ヤツらに教えてないこともね」
「ヤツらって?」
「あっこに屯してるヤツら」
受付の人もとい、麗奈は、刑事の方へ視線を移した。
「もう話せることはないのに、何か無いかってしつこくてね。組織のメンツのためだろうさ」
たしかに、さっきからずっと忙しそうにしている。周りの警官に指示を出したり、新たに来た人に一人ずつ話を聞いたり。
「でも、それが仕事だろ?」
「聞き込みをするなって意味じゃないよ。ヤツらのやり方に文句が言いたいんだ」
「やり方って?」
「ほとんど脅迫みたいに書き出すんだ。あんなの、普通の人やられて耐えられるはずがない。私はクソ喰らえって思いながら答えてたけどね。だから、あんたらも話を聞かれたら用心しなよ。ま、学生だからそこまで長くはかからないだろうけど」
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