パラサイト -Bring-
「さ、どうぞ」
「お、お邪魔します」
他人の家に上がるのは、いつぶりだったか。ましてや女の子の家となると、無かったかもしれない。
「…綺麗だ」
「お客さまがいつ来てもいいように、ね?」
「なるほど」
玄関から、気品あふれるような雰囲気だった。花の香りがほんの少しだけ感じられた。
甘たるくない、心地いい匂いだった。
「ただいま〜」
「おかえり、お客さんかしら?」
「うん。お友達の紅馬くん」
「…どうも」
キッチンにいたお母さんは、とても上品なんだろうと、俺でも分かった。リビングの奥にいるお父さんも、育ちが良さそうな感じがした。でも、それくらいしか分からなかった。今までそういうのとは縁がなかったから。
「さ、座って」
「あ、ああ」
「お客さまだから、いちばんいい席に!」
「そんな事しなくても…」
「紅馬くん、だったかしら」
「は、はい」
「否定ばっかじゃ、イイ男になれないわよ」
「…は?」
いきなり何を言い出すんだろうと思った。言葉通りなのか、それとも何か意図があるのか。こういう時、本を読んでいれば、もっと上手く考えられたんだろうか。人の気持ちとかをうまく察したりすることができたのかもしれない。
…後の祭りか。
「ごちそうさま!美味しかった〜」
「ご馳走さまでした。とても美味しかった」
「喜んでくれたみたいね、嬉しいわ〜」
今まで食べたことのないくらい美味しいものを、たくさん食べさせてもらった。同時に、温かいご飯なんていつぶりだろうと思った。たしかに、惣菜や弁当で済ませるのがほとんどだから、温かいものといえば、飲み物くらいしか記憶にないかもしれない。
「こんなに美味いご飯は、初めてかも」
「ホント?」
「ああ。手作りって、いいな」
「うちならいくらでも作ってあげるよ」
「ありがたいな」
本当に幸せだった。とても満足できた。ご飯が美味しかったのもあったが、好きな人とご飯を食べているという、この状況が信じられなかった。
そもそも、食卓をまともに誰かと囲むこと自体がかなり久しかった。そう考えると、思わず顔がほころんでしまった。
「誘ってくれてありがとう」
「ううん。いつでも来ていいよ」
ご飯を食べて、暖かいみんなに囲まれて、幸せにあふれていた。おかげで、眠気まで輪の中に入ってきた。
…だめだ、早めに帰らないと。
「眠そうだね」
「…かもな。もう、帰るよ」
「泊まっていけばいいのに」
「そ、それはマズイ」
「なにが?」
「…いろいろ」
眠くなくても、断らなきゃいけない。両親がいるとはいえ、女の子が暮らす家に、よそものの男が来て泊まるのは、さすがにまずいと思う。
「ごちそうさまでした。俺、もう帰ります。疲れたみたいで」
「あら、そう?じゃあ送って行くわ」
「いや、それは…」
「いいわよ、遠慮しないで!」
言われるがまま車に乗せられてしまった。本当に、至れり尽くせりというか。最後までよくしてもらった。ここまで暖かい人たちは初めてだった。
…もし、俺の家族もこんな感じだったら?みんなが夢見る家族の形だったら?今でもそう考えることがある。決して不幸自慢をしたいとか、そういうわけじゃない。ただ、もう少しの愛があれば。俺はもっと変わっていたのかもしれない。
車の中で、少し話していた。いや、聞き出されたと言うべきか。出身地、趣味…他愛もない世間話を広げていた。
「紅馬くん。これからも万由子と仲良くしてね」
「ええ」
「ほら、それ。そんな無愛想じゃ、逃げられるわよ?」
「は?」
「ちょっとお母さん…」
「とうとう万由子もそんな時期か…感動だわ」
「どういうこと…です、か?」
「無理して敬語使わなくてもいいわよ。そうねえ…然るべき時が来たら、必然と分かるわ」
「はあ…」
「万由子、帰ったら特訓よ」
「え?なんで?」
「なんでって。そりゃあ、早くお味噌汁を作ってあげるためよ!」
「…うん?」
今思えば、この時からお義母さんは見透かしていたのだろうが、さすがに古いのではないかと思う。当時は、なんとなく知ってはいたが、まさかそれだとは思わなかったからスルーしていたが、それでよかったと思う。そこで俺が何か反応を示していれば、どうなっていたことか。悪くなることはなかっただろうが。
「ありがとう、送ってくれて」
「いいのよ、いつもやってるから!」
「はは…」
「また来てねっ」
「…ああ」
「それじゃ、おやすみ〜」
そうして車は去っていった。暗闇でも、かなり遠くから手を振ってくれたことが分かった。これを、来てくれた人みんなにやっているのかと思うと、少し胸が痛くなった。いや、思い込みかもしれないけれど、万由子の言動が、俺だけに見せてくれる何かがあればいいのに、と思ってしまう。
—いま、何してるんだろうな。
「お、お邪魔します」
他人の家に上がるのは、いつぶりだったか。ましてや女の子の家となると、無かったかもしれない。
「…綺麗だ」
「お客さまがいつ来てもいいように、ね?」
「なるほど」
玄関から、気品あふれるような雰囲気だった。花の香りがほんの少しだけ感じられた。
甘たるくない、心地いい匂いだった。
「ただいま〜」
「おかえり、お客さんかしら?」
「うん。お友達の紅馬くん」
「…どうも」
キッチンにいたお母さんは、とても上品なんだろうと、俺でも分かった。リビングの奥にいるお父さんも、育ちが良さそうな感じがした。でも、それくらいしか分からなかった。今までそういうのとは縁がなかったから。
「さ、座って」
「あ、ああ」
「お客さまだから、いちばんいい席に!」
「そんな事しなくても…」
「紅馬くん、だったかしら」
「は、はい」
「否定ばっかじゃ、イイ男になれないわよ」
「…は?」
いきなり何を言い出すんだろうと思った。言葉通りなのか、それとも何か意図があるのか。こういう時、本を読んでいれば、もっと上手く考えられたんだろうか。人の気持ちとかをうまく察したりすることができたのかもしれない。
…後の祭りか。
「ごちそうさま!美味しかった〜」
「ご馳走さまでした。とても美味しかった」
「喜んでくれたみたいね、嬉しいわ〜」
今まで食べたことのないくらい美味しいものを、たくさん食べさせてもらった。同時に、温かいご飯なんていつぶりだろうと思った。たしかに、惣菜や弁当で済ませるのがほとんどだから、温かいものといえば、飲み物くらいしか記憶にないかもしれない。
「こんなに美味いご飯は、初めてかも」
「ホント?」
「ああ。手作りって、いいな」
「うちならいくらでも作ってあげるよ」
「ありがたいな」
本当に幸せだった。とても満足できた。ご飯が美味しかったのもあったが、好きな人とご飯を食べているという、この状況が信じられなかった。
そもそも、食卓をまともに誰かと囲むこと自体がかなり久しかった。そう考えると、思わず顔がほころんでしまった。
「誘ってくれてありがとう」
「ううん。いつでも来ていいよ」
ご飯を食べて、暖かいみんなに囲まれて、幸せにあふれていた。おかげで、眠気まで輪の中に入ってきた。
…だめだ、早めに帰らないと。
「眠そうだね」
「…かもな。もう、帰るよ」
「泊まっていけばいいのに」
「そ、それはマズイ」
「なにが?」
「…いろいろ」
眠くなくても、断らなきゃいけない。両親がいるとはいえ、女の子が暮らす家に、よそものの男が来て泊まるのは、さすがにまずいと思う。
「ごちそうさまでした。俺、もう帰ります。疲れたみたいで」
「あら、そう?じゃあ送って行くわ」
「いや、それは…」
「いいわよ、遠慮しないで!」
言われるがまま車に乗せられてしまった。本当に、至れり尽くせりというか。最後までよくしてもらった。ここまで暖かい人たちは初めてだった。
…もし、俺の家族もこんな感じだったら?みんなが夢見る家族の形だったら?今でもそう考えることがある。決して不幸自慢をしたいとか、そういうわけじゃない。ただ、もう少しの愛があれば。俺はもっと変わっていたのかもしれない。
車の中で、少し話していた。いや、聞き出されたと言うべきか。出身地、趣味…他愛もない世間話を広げていた。
「紅馬くん。これからも万由子と仲良くしてね」
「ええ」
「ほら、それ。そんな無愛想じゃ、逃げられるわよ?」
「は?」
「ちょっとお母さん…」
「とうとう万由子もそんな時期か…感動だわ」
「どういうこと…です、か?」
「無理して敬語使わなくてもいいわよ。そうねえ…然るべき時が来たら、必然と分かるわ」
「はあ…」
「万由子、帰ったら特訓よ」
「え?なんで?」
「なんでって。そりゃあ、早くお味噌汁を作ってあげるためよ!」
「…うん?」
今思えば、この時からお義母さんは見透かしていたのだろうが、さすがに古いのではないかと思う。当時は、なんとなく知ってはいたが、まさかそれだとは思わなかったからスルーしていたが、それでよかったと思う。そこで俺が何か反応を示していれば、どうなっていたことか。悪くなることはなかっただろうが。
「ありがとう、送ってくれて」
「いいのよ、いつもやってるから!」
「はは…」
「また来てねっ」
「…ああ」
「それじゃ、おやすみ〜」
そうして車は去っていった。暗闇でも、かなり遠くから手を振ってくれたことが分かった。これを、来てくれた人みんなにやっているのかと思うと、少し胸が痛くなった。いや、思い込みかもしれないけれど、万由子の言動が、俺だけに見せてくれる何かがあればいいのに、と思ってしまう。
—いま、何してるんだろうな。