無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 その日の夜、ネリウスは書斎に屋敷の使用人たちを集めた。そしてエルの部屋には近付かないようにと伝えた。

 皆気になっていたのだろう。目が真っ赤に腫れたミラルカを見たから余計にだ。ことの経緯を説明すると、集まった顔により一層影が差した。

 皆、悲しんでいた。もちろん、ネリウスもだ。

 どうしたらよかったのだろう。あの時自分が、あの男と話さなければ。無理にあそこに連れていかなければ。後悔がとめどなく溢れ、焦燥感を掻き立てる。

「じゃあ、旦那様……エルのお食事を運んだりとかお世話は、誰がやるんですか」

 ファビオがそう言うと、ミラルカは泣き腫らした目で首を横に振った。

 今まではミラルカがやっていたが、今の彼女では無理そうだ。しかし今のエルの相手をするとなるとこの中の誰がやっても荷が重い。ネリウスも分かっていた。

 誰が行っても拒絶される。お互いに傷つくとわかっているのに、会いに行かなければならない。

 沈黙を割るようにネリウスの低い声が響いた。

「……俺が行く」

 それはある種の責任だった。エルを傷つけたことへの責任。心を救えなかったことへの贖罪。今はこんなことしかできない。いや許される機会を待っているだけかもしれない。

「ええっ!? 旦那様が!?」

「旦那、そりゃ無茶ってもんだ。男嫌いが余計に酷くなるぜ」

「元はと言えば、俺が連れて行ったのが原因だ」

「ですが……」

「俺がやる。お前らはいつも通り仕事しろ」

 ネリウスはそれだけ言うと、部屋から出て行った。

 この案でいいなどとは思っていない。ただ、他の方法がない以上やらなければならないことだ。



 部屋から出ると、ふらふらと彷徨うようにダンスホールに来た。

 あれから一度も使っていないダンスホールはなんだか色褪せて見えた。エルがいないからだろうか。一人だからだろうか。そこを見ながら、数週間前にエルとここで踊ったことを思い出した。

 あの時、ホールに現れたエルがあまりにも美しく成長していて、金縛りにあったかのように動けなくなった。

 優しく笑うエルの瞳が自分を捉えて、その白い手を引くことがとても誇らしかった。ぎこちない足取りすら愛しく思えた。だから、柄にもなく優しくした。

 瞳が合った瞬間のエルの表情。穏やかな微笑み。嬉しそうに紅潮した頬。それが全て失われてしまったのかと思うと、空虚な気持ちに胸が押しつぶされそうになる。

 怯えていたエルが、自分の手を取るまでになったのに。優しく笑いかけてくれたのに。

 少しでもエルに喜んで欲しくて押し付けるように贈り物を贈ったことも、ぶっきらぼうな態度しか取れなかった自分も、全てやり直したくなった。
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