無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 ミラルカは数ヶ月ぶりにエルの元いた部屋を掃除していた。

 この部屋に来ると、あの時の記憶が蘇って辛いため、なかなか来れずにいた。

 今来たのは、今のエルとの関係がやっと築けて心に余裕ができたからなのかもしれない。

 あれから誰も入ることのなかった部屋は、あの時のままだ。

 澱んだ空気を入れ替えようと窓を開けて、上から拭き掃除を始めた。

 当時エルが使っていたベッドや、机、椅子、本棚を見ているとやはり思い出してしまう。

 社交界に行くときに髪を結わえるために使った鏡台も、エルのドレスや靴を仕舞っていた衣装棚も。全てが懐かしかった。

 机の上には、エルが書いた読み書き練習用のノートがたくさん置かれている。そこには、ネリウスから貰った本もあった。

 自分が必要ないと言うと、エルは捨てられると思って必死に本を握りしめていた。そんなことまで思い出す。

 つい懐かしくなって、それらを開いて眺めていた。

「これは……」

 偶然開いたノートは文字の練習用ノートではなかった。日付と、その日あったことが書かれている「日記」だった。

 さすがに他人のものなので閉じようと思い咄嗟に閉めたが、ふと思った。

 ────そういえば、エル様は社交界から帰ってきてから少し様子が変だった。私はそれを、旦那様のことで悩んでいるからだと思っていたけれど……。

 ミラルカは心の中で謝って、ノートをもう一度開いた。

 最初の日付は、エルがここに来てから少し経ってからだ。字が汚くなかなか読めないが一所懸命書いたのだろう。

 短く、「ミラルカさんがじをおしえてくれた」と書かれていた。

 そして別の行には箇条書きで、「ネリウス様がほんをくれた」。「しんせつでやさしいひと」と書かれていた。

 あの時のことだとすぐにわかった。

 不器用なネリウスがエルに本を渡して、図書室を案内した。エルはそれが嬉しくて、一所懸命勉強していたのだ。

 ミラルカは、次々読み進めた。

 日記には屋敷で起こったことが綴られていたが、そのほとんどがネリウスのことだった。時折、ファビオやミラルカ、ジャック達のことも書かれていたが、エルは毎日、その日記の中にネリウスへの気持ちを綴っていた。
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