無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 ネリウスはあれから、書斎に掛けられたエルの肖像画を日がな眺めた。

 それが絵だと分かっているのに、あまりにも寂しくてそれを彼女だと思いこませようと自分でも葛藤していた。そうしなければ気が狂いそうだった。

 絵の中で優しく微笑むエルが自分を抱き締めてくれるのではないか。またこの唇に口付けてくれるのではないかと待って見たが、無駄だった。

「エル………」

 何度もそう呼んだ。ここ数日で、何百回と声に出した。だが、その名前の主からの返事はない。

 目を閉じてひたすら祈る。あの時に戻して欲しいと────。最後にエルを抱き締めた時に戻してくれるならば、もう二度と彼女を離すことはないだろう。
 
 どうして離れたのか理由は聞かない。

 もう二度と朝が来てもいなくならないで、またこの腕の中に戻ってきて欲しい。

 微笑みを絶やさない肖像画に縋りつき、尽きることのない願いを延々と呟く。けれど待てども待てども吉報は来ない。今日も────と、一日の終わりに絶望し、エルを失った部屋で夜を明かした。

 あの夜見たエルは幻だったのだろうか。この腕に抱かれながら微笑んだ彼女は。愛していると呟いた彼女は。

 エルは今どこにいて、何をしているのだろう。自分のことをまだ覚えているだろうか。

 自分はまだ、いや……ずっとエルのことを覚えている。

 今もこの腕の中にいるみたいにすぐに思い出せた。目の前にエルがいて、優しく笑いかけてくれている。

 幻のようだと思った。エルがいないなんて。エルを愛することができないなんて。
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