無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 それからネリウスは自身の領地におふれを出した。「緑色の目をした緘黙(かんもく)の美しい女性を探せ」、と。エルが早く見つかることを祈って。

 ミラルカは自分なりにエルを探した。暇を見つけては近くの村へ行き、人に聞いてまわった。けれどそう簡単に見つけることは出来なかった。

 おふれを目にした人間達は比較的協力的にエルを探してくれているようだった。しかしほとんどは褒美目当てだ。似たような目の女を連れてきた人間は何人もいたが、どれも全くの別人でネリウスは何度も落胆していた。

 ネリウス自身も探し歩いたが、彼女らしき人は見つけられず苛々していた。ファビオ達も出来るだけ外に出て探したが……同じだった。恐らくもう近くにはいないだろう。

 人間の足で歩いて行ける場所はほとんど探し尽くした。何日経っても見つからず、屋敷にはどんよりした空気が漂っていた。

 特にネリウスの落胆ぶりは激しく、食事もまともに摂らずにやつれていった。ミラルカがなんとか促し食事に手をつけさせたが、食欲がないのか少し手をつけるだけですぐに部屋に篭ってしまう。

 最愛の人間を失った反動は大きかった。

「旦那様……」

 執務室の前に佇み、ミラルカは深いため息をついた。廊下には手付かずの食事が置かれていた。

 なんと言葉をかけたらいいか分からなかった。あんなに仲睦まじかったのに、どうしてエルが出ていったのかも分からなかった。

 置き去られた指輪を見て、エルがプロポーズされたことは知っていた。なのになぜ、それを置いていってしまったのか────。

 エルは間違いなくネリウスを愛していた。それは自分が一番よく分かっている。彼女はいつもネリウスのことを心配して、気遣っていた。

 ────まさかエル様……アレクシア様とのことを気に病んで……。

 エルならばあり得る。アレクシアとのことをひどく心配していたし、以前も身分差のことを気にしていた。それを苦に出て行かないとも言えなかった。

「もう、旦那様はあなたを選んだのに……どうして出ていったりするのですか……」

 一体どうすればいいのだろうか。エルが消えてネリウスは憔悴しているし、屋敷は混乱している。

 エルは元々この家にいた人間ではないにも関わらず、今では無くてはならない存在になっていた。

「帰ってきて……エル様。旦那様は、あなたがいなくちゃ駄目なのよ……もう、世界が終わったようなお顔をされているわ……」
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