わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
杉岡さんがいる、ということは――
「その名札を返してもらえるかな?」
――宮燈さんが私の肩を左手で抱いて、右手を伸ばして、背後からそう言った。
その瞬間、私は初めて会った日の事を思い出していた。
離れると絡まった髪が引っ張られて痛いから、エレベーターから人事部のフロアまでの廊下を、くっついて歩いていた時の事を。
知らない人だったのに、嫌じゃなかった。肩に触れてる手が優しかった。
まだ一年前なのに随分と昔な気がする。吉岡が目の前にいるから、内定式の夜も思い出してしまって、何だか恥ずかしい。
吉岡が少し震える手で名札を返してくれる。受け取った宮燈さんが「ありがとう」と言うと、吉岡がガクガク首を縦に振っていた。
それを見て私は(そういえば、笑わなくても人とコミュニケーションって出来るんだ、変なの~と思ってたけど、案外出来るもんなんだね)と考えていた。
「……橘常務、ありがとうございます」
私は笑って見上げたけど、宮燈さんは無表情だった。当たり前のように、宮燈さんがその名札を私の左胸につけてくれたから、さすがにちょっとドキドキした。杉岡さんが睨んでるのが視界の端に見えている。やべっ。