わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 今日、新幹線に乗る前に吉備津神社に行きませんか、と私が言ったので桃太郎の話になった。

「岡山にも鬼の伝説があったな」
「桃太郎のモデルになったと言われている吉備津(きびつ)(ひこ)温羅(うら)ですね」

 昔々、温羅という鬼がいた。鬼退治に朝廷から吉備津彦が遣わされ、戦いの末、温羅は討たれてしまう。首を埋めて骨だけになっても、温羅は唸り続けて、人々を困らせていた。十三年後、吉備津彦の夢に出てきた温羅は、温羅の妻・阿曽(あそ)(ひめ)神饌(しんせん)を炊かせるよう告げ、その通りにすると唸り声はやんだという。

「温羅は妻に会いたかったのか」
「どうでしょう。でも妻でないと慰められなかったのかもしれないですね」

 阿曽媛はどんな気持ちだったんだろう?

「神職の娘が、なぜ鬼の妻になったんでしょうね。悪い鬼に捕まっちゃったんですね、きっと」
「悪い鬼……」
「橘部長みたい。悪い大人」

 私は笑ってそう言ったが、橘部長はやっぱり無表情だった。


 朝陽で目覚めて時計を見たら八時だった。三時頃ホテルに戻って眠ったから、睡眠は充分だったみたいで、疲れもとれている。緑茶のいい香りがする。橘部長はもう起きていてソファで新聞を読んでいた。

「おはよう」

 橘部長はテーブルに新聞を置くと、無表情で私を見る。今日も美人だ。
 私はベッドから飛び降りて、ソファまで走って橘部長に抱きついた。

「おはようございます!」
「急に来たら驚くだろう」
「驚くかなと思って!」

 私が笑うと、無表情だった橘部長の視線が少し緩んだ。

「……ああ、驚いた」

 もっと動揺させたくて私からキスをした。
 キスしてると疼いてくるから、本当に私の身体はおかしくなっちゃったと思う。またムラムラしてきたから、それを振り払うために言った。

「朝ごはん行きましょう!」
「……私は夜中に食べたから遠慮しておく」
「えーそうですか? フルーツだけでも食べましょうよ」
「では、部屋で食べないか?」
「ルームサービスですか?またそんな贅沢……」
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