わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 裏口から出て、解散して、飲みに行くメンバーは四条河原町の方へと歩いていった。桜さんは早足で三条大橋を渡って、道路の端に停車していた黒塗りの高級車へ近づいていく。「追突したらあかんやつや……」と塩見さんが呟いていたが、私も同じ事を思っていた。

 私達は大きな木の陰に身を潜めて見ていた。運転手さんが後部座席のドアを開ける。
 お辞儀して笑顔で乗り込む桜さん。待ちきれないかのように腕を伸ばして、桜さんの身体を抱き寄せている男の人。顔は見えなかったけど、身なりから結構年上っぽかった。

 右折して、川端通りを北へと去って行った車を見送って、私と塩見さんはしばらく呆然と立っていた。

「あれは、あかんやつや。敵わんわ。見た? 桜ちゃんのうれしそな顔……」
「塩見さんって、ほんまに桜さんの事が好きやったんやね」

 目の当たりにしてショックを受けている塩見さんには、さすがに同情した。

「あーあ、早く付き合うてくれって言うとけば俺のものやったんに」
「いや、時期の問題ちゃいますよ。まず、朝から晩までパチンコ行くのやめて真面目に働きましょうよ」
「うん、そら無理」

 ドクズだな。つける薬が見当たらない。

「飲み会に合流しましょか」
「せやな……」

 私は、桜さんが塩見さんの事、「ちょっといいな」って想ってたことを知っている。友達以上恋人未満ってやつだ。塩見さんは、外見はチャラいし休憩中はダラダラしてるけど、厨房では真面目だし、仕事もテキパキしている。違う未来があったかもね、とは思うけれど、それはもう私の心の中に封印しておくことにした。



【初夏】終
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