わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 なんだかよくわかんないけど入口が狭い、見るからに高そうな一見さんお断りっぽいお店に連れていかれて「はぁー東京はハイカラじゃのう」とババくさい感想を述べていると、入口で店員さんに止められた。

「お連れ様の身分証を確認させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、すみません。橘部長、少し待っててくださいね」

 背が低くて童顔の私が未成年に間違えられるのはよくある事。ただ、この店は本当の意味で高級なのだろう。店員さんの言い方も態度も、まったく嫌味を感じなかった。
 私は素直に免許証を出して確認してもらった。成人した花の二十一歳ですからね!


 橘部長の「お詫び」はお食事だった。店内は薄暗いと思うほどに照明が少ない。テーブル間隔も広く、空間を贅沢に使ってある。

 半個室のような場所に案内されたが、テーブルの上に置いてあるキャンドルや卓上花がとても素敵。私は(テレビドラマで見たデートみたいじゃのう~こないな所に来るのは、きっとこれが最初で最後じゃろうなあ)と思っていた。ありがたや、きっと美味しいご飯が食べられるに違いない。


 私はお酒の種類を「ビール」「日本酒」「ワイン」「甘いやつ」としか分類出来ない。メニューを渡されてもよくわからず、食前酒は橘部長に選んでもらった。
 細長いグラスに細かな泡が可愛い。添えられたオレンジはいつ食べたらいいんだろうか、最初かな? 最後かな?

 運ばれてきた「もっとも贅沢なオレンジジュース」を目にしてわくわくしてしまい、私は笑いながら橘部長に言った。

「ミモザって飲んだことはないけど、名前は聞いたことがあります。スパークリングワインを使うから贅沢なんですよね」
「カクテルのためだけに栓を抜くのだからそうだろうな」

 橘部長は興味なさそうな顔をしていたが、気にせずグラスを持ちあげて乾杯する。

「とても美味しいです!」

 私が笑っても、橘部長は無表情のまま。
 ねえ、おじさん、生きてる?

「部長さんは飲まないんですか?」
「私は体質的に酔いやすい」
「あんまり強くないんですねー! 私もです。ゆっくり飲みましょう」

 私がそう言うと、橘部長が一瞬戸惑ったような表情を見せた。
 あ、生きてる! よかった!
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