イケメン年下男子との甘々同居生活♪
 会社に戻り、通常の業務をこなそうにもまったく集中できないでいた。
 原因は明白! あの癖っ毛イケメンの存在である。

「はぁ」

 いつもなら、飲み込むようにため息を隠しているが、今回は誰も見ていないだろうと思い、自分のパソコンに向かって吐き出してしまう。

「あれ? 係長がため息? 珍しいですね」

「え?」

 振り返ると、缶コーヒー片手にこちらを見ている人がいた。

「沖田くん、ごめんね、変なところみせて」

 違う部署の沖田くん、色白で細い体つきで押したら倒れそうな印象しかない、違う部署なのになぜ彼と親し気な感じがするのかというと、原因は彼女にある。

「いえいえ、係長もそんな……」

 まだ飲んでいないブラックの缶コーヒーを落としそうになるのを、私がキャッチした。
 以前、飲めないのにカッコつけてブラックを飲み、むせていたので、きっとこれも飲まないと予測するため、彼の上司である土濃塚(どのづか)さんに渡しておこう。
 彼が足繁く通う理由は、私の左斜め向かいの席で一生懸命にパソコンを操作している彼女に会うためだ。

 そう、この人は司奈乃さんに気があって、他の社員とは違いぶっきらぼうながら、暇を見つけては私たちの部署へ来ていた。
 今では誰もが知っている人物になっており、当人と司奈乃さん本人以外は気付いているが、それを隠し通せていると思っている沖田くん、すまない。

「あ、どうも」

 私の場所へ資料を届けにきた司奈乃さんが来たときに、さらっと彼女から挨拶をする。

「あ、う、え、えっと、どうも」

 彼は精一杯その言葉を喉から引っ張り出すと、そっと背中を向けて戻ってしまう。
 うむ、今日もいつも通りである。 会社は平常なのに私がそうでないのは、なんだかリズムが狂ってしまう。
 だから、私自身で日常を取り返すしかない。

 カタカタカタ……。

「うわぁ、神薙さん今日も真剣すぎるよ」
「すげぇよな、営業の俺たちより成績良いとか……」

 聞こえてますよ、後ろの男性諸君。しかし、残念ながら私が今真剣に見えるならそれは、常日頃の行いのおかげだろう。
 
「うぅ、みてなさいよ」

 お昼休み、すぐご飯を済ませると自分のデスクに戻りパソコンを操作しだした。
 それが他の人には仕事をしているように見えたのだろうが、残念私は今猛烈にリサーチをしている。
 検索エンジンに次々に文字を打ち込んでは、記事を読んでいった。

【大人 女性】 【自信溢れる女性】 【リード 年上 年下】 など、考えられるワードをバンバン打ち込んでいくものの、高確率で恋愛系のサイトに当たってしまう。

「違うのよねぇ」

 困った……私は単純に年上として彼にしっかりとして欲しいとお願いしたいだけなのだが、なんだか志賀くんの態度を見るとどうも敬っていそうもない。
 エンターキーを無意味に何回も押しながら考える。
 もっと単純にお願いするのはどうだろうか? それは先ほど行っているが、どうも怪しい。
 このままでは、私たちの関係性が露見してしまう可能性が非常に高い。

「関係性ってとくにないんだけどね、一緒に住んでいること以外は……」

「え⁉ 神薙さんって誰かと住んでいるんですか?」

 はい? 私はギギギギっと音がするようなぎこちない動きで後ろを向くと、そこには司奈乃さんが立ってこちらをキラキラした瞳で見つめていた。
 誰も聞いていないと思ったが迂闊だった。 ため息といい、障子に目ありとは良く言ったものだ。

「え? えっと……」

「もしかして、彼氏さんですか⁉ いつの間に⁉」

 ヤバイ、彼女が騒ぐものだから周りがこちらに注目しだしている。
 しかも普段から男性の気配をまったく感じさせない私だから余計に興味があるのかもしれない。

「いや、その一緒ってあれよあれ! ほら、ずっと一人暮らしでちょっと寂しいかなって思うときがあったから金魚を飼ったのよ」

 一瞬キョトン? とする司奈乃さん、苦し紛れの私の言い訳に困惑していた。
 しかも、なんで金魚なのよ! もっとこう、子猫とかインコとかいるじゃない、あれ? 確かあのマンションって動物大丈夫だったかしら?
 どうしよう、私も混乱してきてしまっている。 しかし、目の前の彼女はポンっと手を叩く動作をすると、納得したのか「金魚って素敵ですね」と笑顔で答えて、どこかに消えてしまった。

「せ、せーふ?」

 周りを見ても「へぇ、金魚ねぇ」「やっぱり係長らしいかも」なんて声が聞こえくるので、みんな納得してくれているのかな? でも、金魚飼ったということで、納得してくれるなんて、いったい私はどう思われているのだろうか……。

 結局、その日は午後から仕事をこなすだけで手一杯になってしまい。
 調べることができなかった。 調べても私が欲している情報が手に入るとは限らないけれど、こうも年下相手に自分が振り回されるとは恐るべし若さ。

 残業を少しして、私は帰路につく、まだ仕事を頑張っている人たちもいるのでさっと気配を消していなくなる。
 この能力だけは自慢できる。 霧のようにすっと気配を消して歩いて会社から出ると家に向かう。

「どうしよう、緊張してきた」

 帰り道近所で買い物を済ませて、マンションの前に到着すると変に体が強張ってくる。
 勇気を振り絞って、いや、なぜ私の家なのに勇気をださなければならないのか⁉ モヤモヤした気持ちを無理やり押し通すように、勢いよく自分の部屋番号を打ち込んで鍵による認証を済ませると、自動ドアが開いた。

 しかし、私が到着しドアを開けると部屋が暗いままだった。

「あれ? まだ帰っていないのかな?」

 玄関には彼の靴は無いので、まだ帰宅していないのかもしれない。
 時計を確認すると大学はとっくに終わっている時間なのだが、まぁ特に気にする必要もないだろう。
 リビングに行くと、テーブルに紙が一枚置かれており、そこにはこう書かれていた。

〖友だちと遊んできます!〗 
 
 丸っとした文字で、なんだかちょっと新鮮な気がする。
 いや、なんでそう思ったのかはわからないが、自分の文字以外はこのご時世あまり見ないので、ちょっと嬉しかった。

「やっぱり大学生ね」

 月曜日から遊ぶなんて贅沢ね、そしてその体力羨ましい。
 私は簡単に夕食を済ませると、お酒を飲んで気分が良くなっていく。
 ふと、彼のご飯も用意したほうがいいのかと思ったが、なんと、私たち未だに連絡先を交換していないことに気が付いてしまった。
 
「ふぅ、満足……お風呂入ろっと」

 久しぶりに晩酌をしたことで、気持ちが軽くなり、私はいつもの感覚でお風呂に入ろうとする。
 するっと脱いだ服をネットに入れて、柔軟剤の香りを楽しみながら洗濯のボタンを押して浴室へ入った。
 ちなみに、朝は志賀くんが洗濯をする番でお互いの洗濯物には手を付けないルールになっている。

「はぁ、良いお湯!」

 足をのばせるお風呂って最高! 小さく鼻歌を奏でながら気持ちよく入っている私はまだ気が付いていない。
 大学生がただ遊ぶわけがないと……。 
 
 
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