Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと夏の宝探し《4》




 夫の死から二ヶ月が経過した、六月の下旬。梅雨入りしてから連日のように降りつづく雨のなか、アキフミは東京の親会社から招集を受け、十日ほど前から屋敷を留守にしている。
 わたしは応接間のピアノでショパンの「雨だれ」を弾いた。音楽が終わったところで、応接間のソファでコーヒーを飲んでいた紡が拍手をしながら懐かしそうに呟く。

「喜一さんは俺の親父とバンドを組んだことがあるんですよ。ピアノとベースとあとひとり、クラシックギターがいて。よく、この屋敷でクラシックをベースにしたジャズを奏でてました」
「紡さんも?」
「そのときの俺はまだ小学校にあがる前の子どもですよ。そういえば喜一さんの最初の奥さん……峰子さんにかわいがってもらいましたね」
「わたしと峰子さんって似てますか?」
「どうだろう? ピアノを弾いている姿が似ている、っていえば似ているかもしれないけれど、俺はそこまでそっくりだとも思わないな」
「夫はわたしをねね子って呼んで、亡き奥様の面影を求めていました」
「それは……悲しかったね」

 自分よりも切なそうに眉をひそめて、紡がため息をつく。
 アキフミが留守にしていると知って、後日出直しますよと言った彼を引き止めたのはわたしだ。
< 132 / 259 >

この作品をシェア

pagetop