Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと夏の宝探し《6》




 東京から戻ってきたアキフミに紡と応接間でふたりきりの状態で会話していたところを目撃され、その場でお仕置きのように抱かれたわたしが意識を取り戻したのは、応接間のソファではなくいつもの寝台の上だった。

「……アキフミ?」

 倦怠感とともに、思い出すのは激しく抱かれた羞恥心。きっと、東京で見合いの席をセッティングされて、彼もまたイライラしていたのだろう。そこへわたしの裏切りのような行為だ。応接間のピアノで紡だけに演奏したことが、彼を失望させたのだろう。わたしはただ、思い出話をきく際にピアノの音があれば彼がリラックスしてはなしてくれるのではと思って弾いただけなのに……

 ポロン、ポロンと遠くからピアノの音色が耳元に届く。
 しとしと、しとしとと降っていた雨はいつしかやんでいたらしく、レースのカーテンで隔てた窓の向こうにはクリームイエローの鋭い三日月が浮かんでいた。
 そうか、いまは夜なのか。
 ゆっくりと起き上がり、身体の状態を確認すれば、すでに手首の拘束はほどかれ、服もふだん着ている夜着に着替えさせられていた。きつく縛られたわけではないので手首に痕はついておらず、彼がひどくしたのは夢だったのではないかと勘違いしてしまうほど。

「……キレイな音」
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