Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
俺はそっけなく応えて、テーブルに並べられた食前酒をくいっと呷る。空きっ腹にアルコールはキツいが、飲まなければこの茶番のような見合いの席を切り抜けられないと割り切って、ビールも頼む。
そんな俺を見て、おずおずと「わたくしも、ビールを」と注文する詩。やめておけ、すでに顔が赤いじゃないかと咎めたくなったが、彼女はなぜか俺に張り合うようにぐびぐびと酒を飲んでいく。
前菜、魚料理と運ばれてくる食事をすすめながら、当たり障りのない会話をつづけていく。
「礼文くんは、ピアノ調律師の資格もお持ちなんですって? わたくしの家のピアノもみていただきたいわ」
「いえ、いまは調律師の仕事はお休みしておりまして……」
フリーランスの調律師の仕事は、義父の子会社を義姉から引き継いで以来、依頼を止めている。会社の仕事を優先しているいまは個人宅のピアノをみる余裕もないのだと返せば、詩は残念そうに顔を曇らせる。
「まあまあ。この先調律していただける機会があるかもしれない。それまでピアノの練習に励むがいい」
「はい、お父様」
社交辞令よろしく多賀宮が朗らかに返せば、詩もあっさり表情を戻し、微笑を向ける。