Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
 一部のファンのために鏑木壮太お別れ会を開催しようというはなしも持ち上がったが、結局献花台をコンサートホールに設置するだけで、自分は何もできなかった。

 そしてふたりが遺した県屈指の豪邸と言われた土地と建物は、がめつい伯父夫婦のものになった。たったひとつ、アップライトピアノだけは商売道具だからと言い張って、わたしは都内の防音設備完備の賃貸マンションへ逃げ込んだ。泣くことができなかったわたしはピアノを弾いて、感情を逃していた。食べることもままならなくなり、体重ががくっと落ちた。

 仕事に逃げていたと思われても仕方がないが、がむしゃらに奏でられて、ピアノもたまったもんじゃなかっただろう。

 はじめのうちは同情もあって多くの客がコンサートに訪れたが、いつしかコンサートを開催するだけのちからも失われ、赤字を垂れ流すようになっていた。生気を失ったガリガリのピアニストのデビューCDの企画は頓挫し会社からは一年で契約を打ち切られ、もはやピアノを人前で弾く勇気もなくなってしまった。
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