Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
煌びやかなドレスを着て嫣然と微笑み、優雅にピアノを奏でていたわたしはもう、幻になってしまった。ピアノの弾けない見栄えのしないピアニストなんか、死んだ方がマシだ。そんなことを思いながら、残されたピアノをそのままにするのは忍びないなと冷静になって、どこかに寄付しようと無気力のまま母校に行って――……
「壮太の娘か。ずいぶんとやつれたな」
須磨寺喜一と再会したのだ。
七十歳を迎えた彼は、音大の非常勤講師の職を辞したところだった。
わたしを案じた彼は、そのまま居酒屋に連れて行って、はなしを聞いてくれた。
酔った勢いもあったのだろう。わたしはピアノの弾けないピアニストなど、無価値だと声を荒げてジョッキを仰いでいた。彼はアルコールを一滴も摂取することなく、失意のどん底にいるわたしのはなしをうん、うんと頷きながら、もくもくと唐揚げを食べていた。こんな風に、誰かにはなしを聞いてもらいながら食事をするって、久しぶりすぎて、なんだか泣けてきた。食事もろくに食べられなくて死んでもいいと思っていたくせに、不思議と彼の前では美味しいご飯とお酒を口にすることができたのだ。