Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

   * * *


 再会したらなにを言おう。なんと言おう。
 夢見ていた俺を嘲笑うように、彼女の写真が飾られていた。

「……こちらの方は」
「可愛いだろ? ねね子って言うんだ。わしの元に舞い降りて来た天使のような娘だよ」

 寝室で俺のことを待っていた須磨寺は彼女のことをねね子、と言った。もうじきお迎えが来るから、看取ってもらうのだと。彼女は鏑木音鳴という名前があるのではないかと問いかけても、ここにいるのは須磨寺ねね子という彼の後妻だと、一蹴されてしまった。

 わけがわからない。

 困惑しつつも、頼まれた通りに調律を行い、シューベルトのピアノソナタから一曲披露した。
 須磨寺のことだから悲劇のピアニスト、鏑木音鳴のことも知っているはずだ。けれども彼はそれ以上何も言わないで、俺のことを寝室から追い出した。

 不服そうな顔をしていたからだろうか、見送りに出た添田が補足するように伝えてくれた。
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