Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 両親が亡くなったときに着て以来の喪服を身にまとったわたしは、喪主として、最初に献花を行った後、数少ない参列者を見つめ、息を飲む。

 ――調律師さん、来てくださったんだ。

 ブラックスーツ姿の紫葉は、祭壇前で一輪の薔薇をくるりと回し、慣れない手つきで献花をしていた。わたしが凝視していることに気づいたのか、ふいとこちらに顔を向けて会釈する……ほんの数日前に屋敷のピアノを調律してくれた彼が、夫の葬儀に当たり前のように参列していたのが不思議に思えたが、きっと添田が報せたのだろうと判断して、わたしは無言で頭を垂れた。

 キリスト教での死は不幸なものではない。
 そのため、参列者たちは口を揃えて神への感謝の言葉と祈りを捧げる。
 出棺式を行った後、火葬場にて故人との最期の別れをする際にも、牧師による聖書朗読が行われた。
 骨揚げを待つ間に参列者に挨拶すれば、彼らは若い後妻を憐れむような視線を向けた。
 これでも添田が厳選した参列者だ、血のつながりのある人間は殆どおらず、生前彼が懇意にしていた近隣の人間と、別荘管理や屋敷に務めていた従業員、合わせても二十人弱。もし盛大な葬式を行うとなったら、わたしが喪主などつとまらなかっただろう。

 すべての儀式が終わり、屋敷に戻ったのは夕方だった。
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