Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 たしかに夫とわたしが行っていた別荘管理の仕事は、商売というよりも道楽に近いものがあった。必要最低限のサービスのみこちらで準備し、あとは利用者にお任せするスタイルは、宿泊施設というよりもキャンプ場に近いものがある。布団やファブリック、アメニティはこちらで用意するし、別荘内の備え付けのキッチンや内風呂などのメンテナンスはこちらで行っているが、アキフミからしたらリゾート気分が足りないのだろう。せっかく天下の紫葉不動産グループが買い取ったのだ、この立地条件で夏の期間しか稼働しない保養施設にしておくにはもったいない、ゆくゆくは企業を仲介せずに個人で気軽に楽しめるラグジュアリーなペンションにしていきたいと、アキフミは車のなかで力説していた。

「手始めに外から温泉を引いて、一棟ごとに露天風呂をつけてみるのはどうかな。せっかく広大な土地があるんだから」
「夢物語すぎるわ。手入れできてない裏山を切り開く必要がでてくるし、だいいち虫が多いし、場所によってはクマ出没注意の区域スレスレのところもあるのよ。あと、軽井沢の天気は変わりやすいことを忘れないで。露天風呂にするくらいなら外の風景が見える窓を内風呂に造る方が現実的」
「そうなのか」
「三年近く須磨寺の屋敷で暮らしているわたしの体験談を活かしなさい」
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