お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜
Side朝陽

藤岡は、俺に手帳を見せまいと、胸に引き寄せ抱きしめた。
手のひらにすっぽり収まるほど、小さな数枚の紙。
そこに、俺が欲しいと思っているものがあることは、もう明らかだった。

「藤岡」

俺は、覚悟を決めたいと思った。
だから、後戻りをしないように、藤岡の名前を呼んだ。

「頼む」

たった3文字。
でも、それで十分だ。
今ここで、俺が願うことは1つだけなのだから。

凪波のことを知りたい。
知らないといけない。
あいつが何に苦しんだのか。
どんな人生を過ごしたのか。
目の前にその答えがあると言うのなら、見ないふりなんて俺にはできない。
藤岡は、ただ首を横に振るだけ。

「なあ、藤岡」
「だめ……」

藤岡は、頑なに拒否をする。
藤岡にとって、俺は、この紙を見るだけで気持ちが変わるような男だと……思われているのだろうかと思ってしまった。
だから、俺はそこを逆手にとった。

「お前は……それで凪波を……嫌いになったのか?」

藤岡は、俺の問いかけに対して、しばらく何の反応もなかった。
数十秒程、硬直したまま、じっと俺を見て、そして首を横に振った。

「なら、俺もそうだろうな」

それだけ言うと、俺は藤岡に手を伸ばした。

「頼む、藤岡」
「本当に、後悔しない?」

藤岡の言葉に、俺は苦笑するしかなかった。

「後悔なら、10年前にしてる」

凪波に自分の気持ちを告げられなかった。
その後悔を胸に、俺は生きてきた。
未練タラタラで、情けない男だと少し考えれば分かる。
だからこそ……。

「俺は、何もしない後悔はもう……したくないんだ」

俺がそう言うと、藤岡は何も言わずに、俺に手帳を渡した。
そして言った。

「お願い、海原。凪波を……嫌いにならないで……」
「分かってるよ」

俺は、そのまま泣きじゃくり始めた藤岡の前で、震える手で表紙を捲った。


そこには……俺たちが全く想像すらできなかった内容が、殴り書きでいくつも書かれていた。
1日は、過去を受け止めるにはあまりにも短すぎると感じてしまうくらい……重くて、冷たくて……苦しい凪波がいた。

next memory...
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