スノーホワイトは年下御曹司と恋に落ちない

「俺は絶対に浮気なんてしないから」

 さらに続けられたその口調は、少しだけ必死だった。そして啓五が必死な理由にもすぐに気が付く。

「ふふっ……啓五くんは、優しいね」

 啓五は陽芽子の失恋の傷を癒して、励まそうとしてくれる。陽芽子が恋愛に対する前向きな姿勢と自信を取り戻すために協力してくれる。その気持ちが嬉しい。

「でも大丈夫だよ。昨日いっぱい慰めてもらったから、もう元気出た」

 陽芽子は昨日、その優しさに十分に甘えた。背中を押されて、癒された。だからもう心配しなくても大丈夫だ。

「ありがと。また頑張って、恋してみるね」
「………そう」

 最後の呟きが本気でつまらなさそうに聞こえたのは、きっと陽芽子の気のせいだった。





   *****





 啓五に支払いは不要だと言われたので、それが男のプライドなのだろうと思い、黙って受け取ることにした。シャワーを浴びると言う彼と部屋で別れて、エレベーターで一階に降りる。

 途中までは浮かれ気分の陽芽子だったが、扉が開いた瞬間、ロビーの空気感が自分の知るビジネスホテルのものとはかなり異なると気が付いた。

 やけに広い開放感のあるエントランス。こちらに気付いて、にこりと笑顔を浮かべながら頭を下げるコンシェルジュ。土曜日の午前、けれど決して早い時間ではないのに仕事用スーツ姿の自分……明らかに場違いな存在であることはすぐに理解する。

 慌ててロビーから外へ出たところで気が付いてしまう。首を動かしてホテルの名前を確認した陽芽子は、驚きのあまりその場で三センチほど飛び上がった。

 国内でも有数のハイエンドホテル。一般庶民が思いつきで急に宿泊できるような場所ではない紛れもない高級ホテル。陽芽子はただの一般庶民だが、ホテルの格付けぐらいは理解している。

(あの人、いったい何者……?)

 ―――なんだか、狐につままれた気分だ。
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