√セッテン
ビシ、と冬の風に叱咤をくらったように頬が痛みを訴えた。

√の女は放りっぱなしになっている俺の両足の上に乗ると、正面から俺を覗き込む。

「……ッ…」

『潤!? 大丈夫なの? ねぇ!』

「あ、敦……」

「ねぇ、敦子」

スピーカーから聞こえる敦子の声に、√の女は俺を見ながら話し出した。

「私、敦子が嫌い……潤はもう敦子とはつきあえないって言ってるでしょ?」

『………』

敦子の罵声が止まった。

たとえそれが、√の女の言葉だと分っていても、声は山岡のものだ。

心に響く思いは、そう割り切れない。

黙ってしまった敦子の代わりに、二条西高校まであと少しですよ、とタクシーの運転手の声が聞えた。

「敦子が潤の邪魔してること、どうして分からないの? バカだから? 」

『……』

√の女の手は、俺の首に伸び

シャツの第1ボタンの上できつく結ばれたリボンタイに手をかけた。

「潤の優しさに甘えて、いつまでも前に踏み出せないのね、かわいそう」

スル、とリボンタイが膝に落ちた。

首筋に、嫌な汗が流れる。

『あんたに言われる筋合いない、人殺しのくせに偉そうに説教たれんじゃないわよ!』

バン、とドアが開閉する音、霧島悠太の急く声が聞こえる。

敦子の声が、スピーカーだけでなく、校門のあたりから聞こえた。

√の女が邪魔で、身をよじることもできない。

『森先輩を返してよ! 千恵の友達の山岸さんを返してよ!』

√の女は余裕の表情で俺の首筋に唇を添えた。

ひや、とした冷たい唇に目を細める。

「ねぇ、潤。敦子って、本当にバカよね」

「……」

「千恵に電話してきたことで敦子も、また死の待ち受けが出る」

せっかく、待ち受けが消えたのにね

√の女は残酷な微笑みを浮かべて舌を出した。
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