助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
受話器から聞こえてくる罵声というものが、
どれ程心を抉られるものなのか、私は今日初めて知った。
「だから、あんたが適当に話を進めて変な契約取らせたんでしょ」
妙に甲高い女性社長……狸村真由子が、口撃してくる。
「お言葉ですが、電話口で契約ということはございません。まずはきちんとお会いして」
マニュアルを見ながら、何とか応戦してみてはいるものの
「直接会うですって!あんた、うちの旦那が経営について良く分かってないから、適当な事言って口説き落とす気でしょ」
と、こちらが考える隙を与えてくれそうにない。
喉が渇く。カラカラに。
甘いカフェオレなんか飲まなきゃよかった……。
唾を頑張ってためて飲み込んで、無理矢理喉を潤そうとしたが、どんどん乾いていく。
こんなことなら水も買っておけば良かった……。

どうやら、私が話した相手は、この社長の婿に当たる人。
肩書上は副社長だったらしい。
実は、決定権は全てこの女性社長のみにあるらしく
「大体、若い娘が年寄りに金をたかるなんて、恥ずかしくないの!?」
「いえ、そんなことは……」
「若いからって、何でも許されると思わないで頂戴!直接会って、うちの人と何をする気だったの!?」
こうして、最初のアポの話から脱線に脱線を重ね、こうして1時間捕まっている。
もう……とにかくこのアポは諦めて、どうにかやり過ごそう。

「この度は本当に申し訳ございませんでした」
ひたすら謝り続ければ、いつか収まる……。
少なくとも、前の会社の人はそう言ってたし、実際それでどうにか丸くおさめていた。
でも……
「……ちっとも申し訳なさそうね。本当に悪いと思ってるの!?」
何だか……逆効果?
いや、まだ謝り足りないのかもしれない。
「申し訳ございません……」
それから、何度も同じ言葉を繰り返す。

早く電話切ってくれないかな……。
と思ってしまった矢先に
「もう、あなたじゃ話にならないわ」
「は?」
「上司、出しなさいよ」
「え!?」

何故ここで上司!?あの人を呼ばないといけないの!?
一応、念のために周囲を見渡してみる。
が、一応現時点での、私の上司に該当する人物はいなかった。
そもそも、私からは話しかけるなって言われてるし……。
心の中で言い訳をしながら
「大変申し訳ございませんが、上司は別件で席を外してまして」
「客対応より大事な仕事って何なの!?あんた達、人のことなんだと思ってるの!?」
ど、どうしよう。
余計火に油を注いじゃった感じ?
こ、こんな時の対応方法はどうするんだっけ……とマニュアルをめくってみても、基本的な応答の方法しか載っていない。
どんどん罵詈雑言がひどくなってくる。誰か……誰でもいいから……助けて!!
その時だった。

「代われ」
背後から、いつもだったら聞きたくない……でも今この時にはこれほどまで心強い声があっただるか。
「マネージャー!?」
私の手から受話器を奪うようにして取ったクソ上司は、深々とした声で
「席を外しておりまして、大変失礼いたしました。私、上司の加藤と申します」
クソ上司は、淡々と自分の懐から手帳とペンを取り出し、走り書きをしては、また頷く。
意見は発していない。ただ、頷き続けていた。
その様子を呆然と見ている内に、クソ上司がいつの間にか受話器を置いていた。
「高井さん、外出準備して」
「え?」
「謝罪訪問、今から行くから」
「今からですか!?」
「そ。こういうのは早い方が良いから」
時間は、もうすぐ終業の定時になろうとしている。
「わ、分かりました……」

訪問の時って、どう言うふうにするんだっけ……。
土産はどういうところで買えばいいんだっけ?
あ、経費精算のやり方は……?
ああ、もう……どうするんだっけ……。
パニックになっていると
「じゃ、玄関で」
……え?
もしかして……?
「あの……加藤マネージャーも……行くんですか?」
「……寝ぼけてる?」
「すっ、すみません!そうですよね、行くわけ」
「行くに決まってるでしょ」
「……え!?」
今持ち上げたカバンを床に落とすほどには、驚いていた。
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