薄氷
*

「お疲れさまです」
夜勤明け、医局に立ち寄って、竹原に声をかけた。

義務ではないけれど、慣習のようなものだ。
タフな手術を乗り越えたあとは、誰しも互いの労を分かち合いたくなるものだ。
試合を終えたチームメイトの連帯感に似ているだろうか。

自分のデスクで電子カルテと向き合っていた竹原が振り向いて「ああ、須田さん、お疲れさま」と口にする。

顔にはさすがに疲労の色が濃いが、充足感もうかがえた。
ひとりの人間の命を繋ぎとめることができたのだから。

「須田さんが、今夜の夜勤で助かったよ」

たまたま医局には他の者の姿は見当たらない。
二人だけという状況と、手術を終えた安堵感が、竹原の口をなめらかにしたようだ。

「いえ、わたしはなにも。先生の的確で迅速な処置のおかげです」
お世辞ではない。オペナースの目から見ても、竹原の技術と判断力は確かだ。
年齢はおそらく三十代後半。これからさらに腕が磨かれてゆくことだろう。
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