薄氷
滅菌手袋をはめた陽澄が器具台に手術器具を揃えるのと並行して、患者の腹には大量の殺菌用のヨード液がかけられる。

「…メス」

竹原の言葉に、陽澄はすかさずメスを渡す。

一瞬の静止ののち、竹原がみぞおちにメスを押し当てると、大胆に開腹を行う。

「破れた腸管の縫合、損傷した血管と胆管を結紮(けっさつ)したのち、創部を大網で覆う」
竹原が術式をくだす。

腹腔内は血の海だ。
「鉗子、クーパー、ガーゼ、コッヘル!」

次々と要求される器具を、阿吽の呼吸で手渡してゆく。わずかなミスやタイミングのずれが、まさに命取りになるのだ。

ひとを助けるなど、大それたことは考えない。
自分に与えられた役割を、(あた)うかぎり全うするだけだ。

「ライト、もっとフォーカス合わせて」
竹原の声に、助手が天井から下がったアームを調節し、光を術野に集中させる。

緊迫した処置が続く。
< 115 / 130 >

この作品をシェア

pagetop