好きになってもいいですか? ~訳あり王子様は彼女の心を射止めたい~
それからしばらくして、
「空」
いつもなら強い口調で俺の名前を呼ぶ母さんが、泣きそうな顔で俺を呼んだ。

「何だよ」
なんか文句があるなら言えよ。
そんな気持ちで睨み返した。

ギュッ。
いきなり母さんが俺を抱きしめる。

「よかった。空が無事でよかった」
周りの目を気にしてか小さな声で囁く母さん。

え、何だよ。何でだよ。
「やめろっ」
反射的に体が動き、母さんを突き飛ばした。

ドンッ。
よろけた母さんが、壁にぶつかった。

いつもすぐに怒って、叱ってばかりの母さんが今日は違う。
悪いことをしたのはわかっているのに、素直になれない自分がいた。

「何でだよ、いつもみたいに怒ればいいじゃないか。火事を起こして火傷をさせたのは俺たちなのに、何で母さんたちが謝るんだよ」

子供だったからの一言で済まされる話ではないと今ならわかる。
ただただ俺が甘えていたんだ。

「いい加減にしろ」
いつもなら優しく俺の肩を叩いてくれるおじさんが、怖い顔で近づいてきて、

バンッ。
俺は殴られた。

グーだったのか平手だったのか、その場に倒れ込んだ俺にはわからない。
ただ、一斉に集まった周囲の視線が痛かった。

「自分が悪いと思うなら反省しろ。間違っても母さんにあたるんじゃない。今度同じ事をしたら、俺が許さないからな」
襟首をギュッと締め上げて睨みつけるおじさんを、この時初めて怖いと思った。


この日以降、俺は門限を決められた。
学校はさぼらずに行くこと。外泊はしないこと。門限は守ること。今までは無視していたことなのに、破ろうとすると「陸仁さんに言うわよ」と母さんが脅すようになった。
まあ、おかげで無事高校大学と卒業できたんだが。

おじさんに叩かれたのは後にも先にもその時だけ。
今でも忘れることのできない記憶だ。
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