溺愛まみれの子づくり婚~独占欲強めな御曹司のお相手、謹んでお受けいたします~

 あまりのスピード展開に目が回りそうだが、おそらく結婚前に妊娠、という事態を避けるためではないかと思う。

 授かり婚も最近では一般的になってきたものの、彼のような地位のある人間は、世間の目もある。順序を守るに越したことはない。

 ともあれ、用意周到な彼のおかげでうじうじ悩んでいる暇もなかったのはよかった。

「なにからなにまですみません、部長」

 入籍を済ませ、とうとう彼のマンションへと引っ越す水曜日の午後。

 不要な家具などを処分場に運ぶトラックを見送った後、蝉時雨の降り注ぐアパートの前で、私は彼にぺこりと頭を下げた。

 部長は無表情でジッと私を見つめたかと思うと、どこか不満げに口を開く。

「結婚したのに〝部長〟はやめないか? 仕事をしている気分になってしまう」
「そ、そうですね……ええと」

 維心さん。心の中でだけは何度も呼んだことのあるその名だけど、なかなか口に出す勇気が出ない。

 だって、上司の下の名前なんて普通意識しないよね? いきなりスラスラ口にしたら、ひっそり彼を想っていたのがバレてしまいそうで……。

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