エル・ディアブロの献身
傷を舐め、さらに深く抉る

 結局、折れたのは私の方だった。

「花梛」
「いらっしゃいませ」
「いつもの、お願いしていい?」
「かしこまりました」

 週に三度、火曜、木曜、土曜と、決まった曜日のほぼほぼ決まった時間に客として訪れる彼、朝地(あさじ)一咲(いっさ)をこうして店で迎えるようになって、およそ四ヶ月。お客様としての彼はひどくお行儀がいい。

「お待たせしました。ベルベットハンマーです」
「ありがとう」
「……」
「あれから、どう? お母さんの様子」

 母の安寧(あんねい)を得るために頷いたあの瞬間からの、彼の動きは早かった。「本当に? やった……!」と顔を綻ばせたのは、ほんの数秒。そうと決まればといわんばかりに、彼はどこかへと電話をかけ、携帯を持っていない方の手でさらさらと何かを書き連ねていった。
 手続きに必要な書類を箇条書きにしてくれていたそれを私へと差し出し、通話を終え、施設への入所に向けての流れを、短く、しかし的確に、彼は教えてくれた。そのおかげで、母は元いた施設から出ることができて、今のところに入所することができた。

「……相変わらず、私を娘だと認識は、してくれない」
「……うん」
「……けど、まだ、一回も、自傷行為があったとか、そういう報告はないの」
「……うん」
「オンラインでも、時間があるときは見てるんだけど……穏やかだよ……きっと、環境が変わったからだと思う……きみの、おかげ……だよ、ありがとう」

 感謝はしている。
 母は今のところに入所してから、肩や太ももを触ったり擦ったりしなくなった。他人からすれば、それだけかと思われるようなことだろう。けれど、私にとっては、とてつもなく大きい変化だ。

「……なら、良かった」

 けれど、やはり母のことを話題として使われるのはあまり良い気はしなかった。
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