エル・ディアブロの献身

「なぁ、花梛……俺に、力にならせて欲しい」

 だから、目の前の彼が提示してきているそれは、私にとっては僥倖(ぎょうこう)だ。
 冊子の表紙を見ただけで分かる、有名な支援施設。各箇所に配置された警備員に、セキュリティーの万全な建物。個人ごとにつく介護士に、相性などを考慮していつでも選び直せるカウンセラー達、そしてお抱えの医師達。面会は二十四時間可能で、事前に申請すれば宿泊も可能。また、オンラインで入所している家族の様子も二十四時間見られるようになっていて、異常が見られたときは緊急ボタンなるものひとつで、介護士、警備、医師へと連絡が入る。
 もちろんそれにはいくつもの手続きと、莫大な費用がかかる。しかしそれらと引き換えに得られる安寧(あんねい)は、精神的不安を抱えた家族を持つものならば、喉から手が出るほどに欲しいものだろう。
 力にならせて欲しい。
 一見すれば、善意の言葉だ。けれど、物事には必ず裏がある。目に見えるもの、見えないもの、その全てに存在するものだから。

「……いい……私、何も返せないから」

 何かを手にいれるには、何かを手放さなければならない。それが、世の常であり、(ことわり)だ。

「……少しでいいから、話して欲しい」
「……」
「花梛の作るお酒、俺、好きだから、その、飲みに行きたいんだ……これからも、」
「……」
「そのときに、少しでいいから……世間話、できたら、嬉しい」
「……」
「本当は、何もいらない、って言えれば格好いいんだろうけど、ごめん……何でもいいから、花梛との、繋がりが欲しい」
「……」
「……チャンスが、欲しい、」

 だというのに、この男は。
 もっと分かりやすく見返りを求めればいいのに。
 そうしたら、私だって、罵詈雑言を遠慮なく浴びせられたのに。
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