エル・ディアブロの献身

 まるで。
 というよりは、確実に、そうなのだろう。

「花梛ちゃん、お疲れさま~」
「……お疲れさまです」

 バックヤードで約二十秒ほど、歯を噛みしめた。
 無論、仕事中だからと無理矢理気持ちを切り替えて、再びシェイカーを振ったり、洗い物をしたりと、何とか業務をこなしはしたが、店を閉めてしまえば、いくら掃除だの何だのがあるとはいえ、従業員しか居ない店内。「お疲れさま」を合図に、そこは半ばプライベートな空間へと切り替わる。

「俺、今日レジ締めるから、片付けとか任せちゃっても大丈夫?」
「……はい」
「ごめんな。いや本当はさ、一和理くん、これぐらいの時間に来てレジ締めて花梛ちゃんを送るって言ってたんだけどさぁ」
「……」
「ずっと体調不良だって言ってた優美ちゃん、おめでただったわけじゃん? 今日ぐらいはさ、側に居てあげなってカッコつけちゃったんだよね、俺」
「……そうですか」
「うん。ごめんな?」
「……いえ。私は別にひとりでも大丈夫なので」
「そ?」
「……はい」

 一和理さんは、優美さんのもの。
 そんな風にわざわざ釘を刺さなくても分かっているのに、それをあえてしてくるのは、自分で思っているよりも、私は、己の感情を上手く隠せていない、ということなのだろうか。
 確かに、ショックだった。
 彼らの間に、より一層強い絆が生まれたことが。そして何より、私よりも、優美さんのお腹に宿る絆を一和理さんが優先したことが。
 そんなのは当たり前のことだと、もちろん頭では理解している。しては、いる、けれど。心は、そうはいかなかった。
 だって、そうでしょう?
 お腹に宿っている。その時点で私は天秤にかけられ、そして敗れた。否、天秤にすら、かけられてはいなかったかもしれない。
 だとすれば、なおさらだ。なおさら、彼らの絆が産まれてしまったら、それこそ、私の存在は疎ましい、忌むべきものにしかならないだろう。

「……表、掃いてきますね、」

 やっぱり、私は、誰にも、愛されない。
 脳内でそれをぐるぐると巡らせながら、手に持っていたホウキを、さらに強く握りしめた。
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