エル・ディアブロの献身

 ぐにゃりと視界が歪む。
 最後に見た、あの()。あれは、私を拐って監禁しようとした常連客だ。声には気付けなかった。けれど、あの()だけは、どんよりと淀んだあれだけは、間違いようがない。
 だとすれば、私は、今度こそ拐われて、監禁されてしまったのだろうか。

「……っ、」

 いくら保護観察中だっつっても、やる奴はやるからな。
 そう言った一和理さんの言葉が、脳内でぐるぐる巡る。実刑を免れたあの男は保護観察という名目の元、接近禁止命令を始め、さまざまな制約を負って日常生活へと戻っていた。釈放後には日本の最北端にいるとも聞いていた。
 だから、と言ってしまえば、それは言い訳にしかならないのだろうけれど、どこかで、こんなに離れたところにいるのなら大丈夫だとたかをくくっていた。一和理さんも、優美さんも、朝地一咲も、心配し過ぎだ、と。

「……っい、やだ、はずっ、外れ、て……っ」

 チェーンの部分を握り、引いてみる。けれども、己の首ごと引かれただけで、当たり前だがチェーンが外れる気配はない。

「っんで、何でっ……!」

 嘘でしょう。
 嫌だ、こんなの。
 怖い、怖い、怖い。
 助けて。

「外れて……はず……っ、れて!」

 さまざまな感情が溢れて、渦巻いて、のまれて、ぼろぼろと目玉から涙がこぼれ落ちていく。

「……っう、や、あ、嫌……嫌ぁ、」

 ガシャン、ガシャガシャ。
 揺らす度に、首周りに走る鈍痛。

 「っ、い…………ぅ……ん、」

 それでも、やめることなんてできなくて、頭に浮かんだ彼の、あの人の、名前を、ひきつれた声で呼んだ。
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