あの日、小猫と出会ったから
三十分くらい歩いたか。街中から少し外れた高い位置に建つ、まるで御殿みたいな建物の前でリフは足を止めた。思わず口をぱかんと開けたまま、俺はその建物を見上げる。
「ここ、なのか?」
「うん」
予想はしていたが、ものすごい高級ホテルだ。なんて言うか、世界が違う。空に住んでる星がリフなら、俺は地中に住んでるモグラだ。
絶対摘み出されるな、これは。どこまでリフと一緒に居てやれるだろうか。
「……やっぱり裏口から入る」
そう言って踵を返したリフは不意に立ち止まった。視線の先には、スーツ姿の男が数人立ってこちらを見ている。
小さな悲鳴をあげて、リフは逃げ出そうとした。とっさに細い腕を掴んで捕まえた。
「やだ、離して、」
暴れるリフをがっちり掴んで叱りつける。
「ここまで来て逃げんな!」
泣きそうな顔をした小猫は抵抗を止め、深く俯いた。
「いいか、絶対大丈夫だ。俺を信じろ」
スーツ集団が近づいてくる。見たところ大人ばかりで、リフの兄貴らしき少年は居ない。
「シェリフ様!」
集団の中から、超長身の、いかにも執事的な兄さんが駆け寄って来た。リフの前にさっと跪いて目線を合わせる。服装はスーツだが、動作は昔見た劇中の騎士っぽい。
「御帰りなさいませ。御心配申し上げておりました」
おお、すごい敬語で喋ってる。リフって本当に良家の坊ちゃんなんだな。
「うん……ごめんね、アーク」
執事の兄さんと目を合わせないまま、リフは言葉少なに謝った。小猫の小さな手を取り、忠実なる騎士は目を潤ませて囁く。
「御無事で何よりです、シェリフ様」
涙声だったのは一瞬。彼は凛とした声で、後ろからついて来た数人のスーツ達に命じた。
「至急、王太子様に報告しろ。シェリフ王子が御無事で戻られたと」
瞬間、思考が停止した。
シェリフ……そうか、リフは本当はシェリフって名前で、そして……その後、何て言った?
「あの、いま、なん、て……?」
恐る恐る尋ねると、長身の騎士は居住まいを正した。無礼者とか怒鳴られるかと思ったが、右手で小猫を恭しく示して丁寧に答えてくれた。
「こちらはレシュノルティア国第二王子、シェリフ・ロスマリナス・レシュナ殿下にございます」
「しぇりふ、ろすまり、でんか……」
このチビ助が。
この、泣き虫でちまい小猫が……
「お、王子ぃ!?」