恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
 今の副社長の言葉で、私の胸の奥がジンと熱くなった。そのあとすぐに自然と目に涙が溜まってくる。
 泣けてきたのは、副社長の本当の気持ちをきちんと聞けたからだ。
 
「莉佐、俺と恋愛をしよう」

 あれやこれやとまとわりついて城壁のように強固になっている私の心を、副社長はこじ開けるつもりなのだろう。

「で、でも……私は恋愛をしたことがないので、どうしたらいいか……」

 こんな面倒くさい女を根気よく口説こうとする彼が奇特(きとく)な人だとわかっているのに、それでも私は一歩踏み出せない。
 あきれられても仕方がないなと、両目からポロリと溜まった涙をこぼしたあとに視線を上げれば、副社長は苦笑いの笑みをたたえていた。

「ふたりで楽しい時間を一緒に過ごせばいい。まだなにか理由が必要か?」

 よく考えてみたら、恋する理由がないなんて完全に自己防衛の言い訳だ。
 好きな人とダメになりたくない、傷つきたくない。だからリスクのある冒険は最初からしないのだ、と。

「恋愛をする理由は、お互いに好きだから。それだけでいいんだ」

 難しく考えるな、と副社長が私の唇を再び塞ぐ。
 合わさった唇から、彼の真剣な気持ちが伝わってくるようだった。

 お互いに相手を思いやり、大事にする気持ちがあれば、愛を育んでいけるのだろうか。

 恋愛はがんばるものではないのかもしれないが、がんばってみようと思えた。 
 人生で初めて、誰よりも愛している人が現れてしまったから。

 胸の中で湧き上がるようなこの熱い気持ちと、目の前にいる彼を大切にしたい。

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